キャリアカウンセリングの様々な現場で
活躍される方々によるリレーコラム。

「職業安定広報」2004年11/21号より

元日本キャリア・マスターズ
株式会社(日本DBMグループ)
研修事業部 主任研究員
大久保 功

 

 前回申しましたように、100%クライエントの味方をするには、キャリアカウンセラーは、自身の価値観をコントロールしなければならないことがあります。これがうまく行かなかった事例です。
加藤正之さん(仮名、30代のITエンジニア)は、初めは私の同僚のクライエントでしたが、ITの理解ができるコンサルタントを希望されて私の担当となりました。事実、10年くらいシステムエンジニアだったからです。前任者からは、非常に難しい人なので注意してください、というコメントがありました。事実、アセスメントにも不安が強い等いくつかの、難しいクライエントの兆候が表れていました。私は、とにかく暖かく受け入れるように努力しよう、と思いました。
 カウンセリングをスタートしてみると、確かに世の中を悲観的に見ているという一面はあるものの、会話はスムーズに展開しました。今までの経験の延長線上の、ITの仕事への再就職を望んでおられました。私はそのとき、心配するほどのこともなかったかな、と思いましたが、これが油断につながりました。
 3回か4回目の面談の時だったと思います。書いていただいた職務経歴書の略歴を見ると、担当したITの仕事を単に羅列しており、どれがやりたい仕事か得意な仕事か、分かりません。で、私は「加藤さんが一番やりたいことについては、〜については自信がある、というような書き方をしてはいかがですか?」と提案しました。加藤さんは、「私には自信があると言えるものは、ありません」と応えました。これには、私はびっくりしました。IT関連の仕事を10年以上やってきて、今後もその業界に再就職するための文書を作っているのに、どうして自分をPRしようとしないのだろう、と思いました。私は一生懸命に加藤さんの強みを引き出そうと苦心しているのに、本人には全くその気がない、と考えると腹が立ってきました。それで私は、「採用する側は即戦力を期待しています。何も自信がないというのでは、再就職できません」と強い調子で言ってしまいました。
 その日を最後に、加藤さんは来なくなりました。電話を掛けても、私だと分かると、すぐに切れます。メールで謝りましたが、返事はありません。その後5カ月くらい経ったころ、ご自身で見つけた仕事に再就職されました。
 今考えると、加藤さんは自信があると言えるものが喉から手が出るほど欲しかったけれども、実感としてはそう思えず、上述のような私に対する応答になったと想像されます。常日頃から、そういう自分が嫌だとか悲しいと、思っていたかもしれません。私は腹立ちまぎれに加藤さんに対して、傷口に塩を塗りこむようなことをしてしまいました。背後にあるのは、「再就職しようとする人は誰でも自己PRができねばならない」という価値観です。それが苦手な人をサポートするのが、キャリアカウンセラーの仕事であることを、私はどこかに置き忘れて、加藤さんに自分の価値観を押し付けていました。
 
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