「職業安定広報」2007月号より

北村浩子さんは、高校生のときから「アナウンサーになりたい」という思いを抱いていましたが、
その夢をすぐには実現できませんでした。いったんは大手メーカーに就職し、
その後地方のFM局を経て、現在はFMヨコハマでアナウンサーとして活躍しています。
お話からは、「しゃべり」のプロとしての自覚とともに、
リスナーへのこまやかな心遣いが伝わってきます。


アナウンサー
北村浩子氏

PROFILE
東京生まれ。短期大学卒業後、大手メーカーに就職。一方でアナウンサーになりたいという思いを抱き続け、やがて地方のFM局に採用され、入社半年後に5時間番組のDJに抜擢。現在はFMヨコハマでニュースや天気予報を担当しているほか、「MORNING STEPS」内で自分が読んだ本を紹介する「books A to Z」を受け持ち、多くのリスナーの支持を受ける。著書に『ヒロ☆コラム 素顔のようなもの』がある。(株)圭三プロダクション所属。
撮影 浦川一憲

 

 

 

 

マイクを前に、自分の声をどのように届けるか、心にとどめながら原稿を読む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北村さんの著書『ヒロ☆コラム 素顔のようなもの』。FMヨコハマの公式サイトに5年間にわたって連載され、好評を博した「ヒロ☆コラム」をベースに加筆し、単行本としてまとめたもの。仕事や生活の中で感じた日々の思いを綴った文章は、特に同世代の女性たちから大きな共感を得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ストップウォッチを傍らに、ニュースで読む原稿を推敲する。

●アナウンサーになりたいという思いを抱き続けて

当初からアナウンサーになりたいとお考えだったのですか。

北村 私は都立高校に通っていたのですが、進路相談で「将来アナウンサーになりたい」と教師に話したようです。また後から当時の家庭教師やクラスメートに聞いた話では、高校生のときから「アナウンサーになりたい」と言っていたようです。「ようです」というのは、それをはっきりと覚えておらず、記憶があやふやだからです。ただ心のどこかに「声の仕事」をしたいという気持ちがあったことは確かだと思います。結局短大に進学し、卒業後に大手メーカーに就職しました。

一時的にせよ「アナウンサーになりたい」という夢をあきらめ、方向転換をされたわけですか。

北村 当時、東京のほとんどの放送局ではアナウンサーを募集する際、応募者を4年制大学の新卒者に限っていたという現実がありました。私はアナウンサーにはなれないんだ、だったら早目に方向転換して名前の知られた企業に就職しようと考えたわけです。しかし、一方で「なんとかアナウンサーになりたい」という思いもあり、アナウンサー養成スクールに通っていました。そこに通ってくる人たちと比べ、私は自分を強くアピールするのはちょっと苦手でしたね。

「アナウンサーになりたい」という思いを抱きながら、現実的な選択をされたわけですね。でも、再び方向転換を図り、アナウンサーへの道を進むことになりますね。

北村 ええ。メーカーに勤めて3年目の冬、東北地方の放送局でアナウンサーを募集していることを知り、応募しました。最終選考まで残ったのですが、最後のところで落ちてしまいました。親からは「せっかく大きな会社に就職できたのに、いつまでアナウンサーになる夢を見ているのか」と叱られました。しばらくして地方のFM放送局でアナウンサーを募集していることを知り、「これでだめだったらあきらめるから」と親を説得し、入社試験を受けたら最終選考まで残り、入社することができました。

●「誰に向かって話すか」を考え試行錯誤の日々

「アナウンサーになりたい」という夢を実現されたとはいえ、全く初めての仕事ですよね。大変なこともあったのではないでしょうか。

北村 小さな放送局だったこともあってアナウンサーとしての仕事以外に、さまざまな役割を果たさなければなりませんでした。ディレクター、あるいはアシスタント・ディレクター、ミキサーなどの体験をひととおり求められました。先輩が担当している番組で、そのしゃべりを学びながらアナウンサー以外の仕事の訓練もするのですが、大きな失敗もあります。それを先輩が上手にフォローしてくれる。失敗したことを先輩に謝っているときなど、自分が情けなくて涙を流したこともあります。当時はアナウンサー以前に放送局の仕事自体がわかりませんでした。また、アナウンサーの仕事でも、演技でもしているかのように大げさに話してしまう傾向がありました。上司や先輩からは滑舌や発声などの技術的なことよりも「誰に向かって話しているんだ」としばしば注意されました。入社してからしばらくは「どうしてアナウンサーという仕事を選んだんだ」と思うほど、反省の日々でしたね。

やがて大きな番組を担当されることになりますね。

北村 入社して半年後、月曜日から金曜日まで1日5時間の番組を担当することになりました。しばらくの間、私の前の席に同僚に座ってもらい、その人をリスナーと想定して話すようにしました。いうなれば実地訓練ですね。

アナウンサーとして素敵な話し方を修得するにはどのようにするのですか。

北村 よく言われるのは「先輩や他の放送局のアナウンサーの『しゃべり』を聴け」ということです。でも私の場合は、自分がどんな話し方をしているのかが気になってしまい、担当する番組を録音して聴くことに時間をかけました。それでは話し方が上手になるわけはありません。今から考えると恥ずかしいことですが、当時はそれがわかりませんでした。「他のアナウンサーの『しゃべり』を聴く」ことの大切さがわかるようになったのは、入社して1年ほどたったころでしょうか。「どうしてこの人のしゃべりは心地よいのだろう」「なぜこの人の話し方は心に残るのだろう」、あるいは「なぜこの人のしゃべりは心に響かないのだろう」というようなことを真剣に考え、仕事に取り組むようになりました。

●プロとしてのクォリティを保ちながら、人間味が表れるしゃべりを

自分なりのアナウンスのスタイルが確立されたころ、そのFM局を辞め、東京でアナウンサーの仕事をしようと決意されたのですね。

北村 その局には3年3カ月あまり勤めました。アナウンサーとしての自分の力を東京で試したいという思いが次第に強くなり、退社を決意しました。27歳のときでしたね。東京に戻ってからは、何度も放送局のオーディションを受け、一方で結婚披露宴の司会やほかのアルバイトで生活費を得るという日々でした。オーディションを受けてもなかなか採用してもらえず、次の展望が見えないこともあって、アナウンサーとしての自信を失いかけたこともありました。正直、厳しい日々でしたね。

そのような厳しさを乗り越え、FMヨコハマのオーディションに合格し、再びアナウンサーとして活躍されるようになられた。今では北村さんの「声」を待っているリスナーも多い。お仕事ではどのようなことを心がけていらっしゃいますか。

北村 アナウンサーも人間である限り、風邪をひくこともあれば、体調を崩すこともあります。元気なときもあれば、落ち込んでいるときもあります。そのようなアナウンサーの変化はしゃべりに反映され、リスナーの方に伝わります。プロフェッショナルとは、どんなときでも一定のクォリティを保つ人のことだと思います。そのために最大限の努力をするのは当然だとして、その一方で、いつも全く同じ調子で機械的に話せばいいというものではないのではないか、そんな思いもあるのです。リスナーの方が「今日の北村は元気がいい」とか、人間として親しみを感じていただけるようなしゃべりをしたいですね。

●仕事にかかわるすべてが自分にとって有益

お仕事にはどのような喜びややりがいがありますか。

北村 いつも「なんて恵まれた環境で仕事をしているんだろう」と実感しています。アナウンサーの仕事にかかわるすべてが自分に有益ですし、本当に恵まれていると思います。だからこそ、恵まれているということを忘れないようにしたい。それを忘れてしまったら傲慢さがしゃべりに表れてしまう。そんな自分はいやです。この仕事をしていて良かったと思いたいですね。
また電子メールというツールができて、リスナーの方が気軽に感想を送ってくださるようになりました。性別や年齢に関係なく、本当にたくさんの方が自ら感じたことを送ってくださる。こんなに多くの方が自分の声を聞いてくださっているのかと思うと、とてもうれしいですね。仕事に対するモチベーションを高めるための源になっています。

お仕事の厳しさはどんなところにありますか。

北村 ときに「体がきついなあ」と思うこともありますが、それは折り込み済みなので、どうということはありません。またアナウンサーという仕事は、限られた時間でいろいろなことをしなければなりません。「もっと時間があれば…」と思うことはよくあります。注意しなければならないのは、誤解を与えてしまうような言葉を使わないということです。何気なく使ってしまった言葉でも人によっては大きな不快感を生むことにつながります。原稿に書いてあるなら、その言葉を避けて話すこともできるけれど、他者と応答する場合は、ふと口から出てしまうことがある。お叱りをいただくのは、だいたいそのようなときですね。自分のフィルターを通して話すようにはしていますが、瞬時の言葉の選別は大変難しいというのが実感です。

具体的なお仕事の内容について教えてください。たとえばニュースを担当されるときは、どのようにされるのですか。

北村 通信社から何本も配信された記事の中からどれを伝えるか、また読む順番を考えます。それからストップウォッチで読み上げる時間を計りながら用意された原稿の下書きを推敲します。そうして本番用の原稿を完成させ、番組で読むわけです。

ニュースや天気予報のほかに、ご自分で読まれた本を紹介する「books A to Z」というコーナーを担当していらっしゃいますね。

北村 私は本を読むことが大好きです。それを知ったスタッフが「本を紹介する番組をやってみないか」と声をかけてくれ、自分で企画書を書いて1年がかりで実現させたコーナーが「books A to Z」です。本の選択や原稿書きまで、私が受け持っているだけに、大きな愛着があります。

●「苦でない努力」ができる分野を見つけ出そう

近年、「フリーター」や「ニート」という言葉に象徴されるように、若年者の就労意識の希薄化が指摘され、また離職率が高いとも言われています。アドバイスをお願いします。

北村 フリーターやニートに対して「根性が足りない」とか「もっとがんばれ」という声が聞こえてきます。しかし、就職して仕事を長く続けるには、本人の意識はもちろんですが、周囲の環境などさまざまな要素があります。だから、一言で「今の若者は…」とくくってしまうことには疑問を感じますね。人間には「苦でない努力」というものがあると思うのです。好きなことであれば、多少の無理をしてもがんばることができるでしょう。どんな小さなことでもかまわないから「苦でない努力」ができる分野を見つければ、打開策も生まれ、自分の進む道も見えてくるようになるのではないでしょうか。

 
一覧に戻る