「職業安定広報」2002年9/21号より

増田彰久さんは、大手建設会社で働くかたわら日本の西洋館の写真を撮り続け、その作品は高い評価を得てい
ます。定年で退職後は写真事務所を主宰し、いくつもの写真集を出版しています。「会社の仕事」と写真家と
いう「自分の仕事」の二つを見事に両立させ、定年後も充実した日々を送っている増田さんに、仕事への思い
を語っていただきました。



建築写真家
増田彰久

PROFILE
1939年生まれ。東京都出身。大成建設でPR誌や社
内報の編集長を歴任。一方、日本の西洋館を撮り続
け、評価を得る。定年退社後、増田彰久写真事務所
を設立、早稲田大学講師も務める。


























































●会社で写真を撮れなくなっても自分で撮り続ける

建築写真を撮影するようになったいきさつをお聞かせくださ
い。

増田 父が写真が好きで、家に様々なカメラ機材がありまし
た。それらに慣れ親しむうちに、カメラに興味を持つように
なったわけです。中学や高校では写真部を創設し、大学は写
真学科に進みました。
大学の卒業展に出品するために若い修行僧たちを撮りたいと
、禅寺に泊り込んだことがあります。そうしたなかで建物を
造るのは人間だが、また人間が建物によって育てられるとい
うことに気づきました。卒業制作には京都に出かけ、建築物
としての禅寺を撮りました。

大学を卒業して大成建設に入社されていますが、他の写真家
の場合とずいぶん違いますね。

増田 大成建設に写真のセクションがあったわけではありま
せん。当時、大成建設では社外向けのPR誌を出そうとして
いて、そこに載せる写真を撮るカメラマンが必要だったんで
す。会社には建築写真を撮るための大型カメラもなく、それ
を購入してもらうことから始まりました。
しかし、しばらくして会社では写真を撮ることができなくな
りました。いったん撮影に出ると、会社を留守にする時間が
長い。長時間留守にするのは会社の規律からも決して望まし
くないですから……。それで外部のカメラマンに撮影を依頼
するようになり、私はその発注の窓口を担当することになり
ました。自分で撮影できないなら、会社を辞めてしまおうと
思い、父に相談したら「平日は会社で働き、休日に自分で好
きな写真を撮ればいいのではないか。本当に才能があり、世
間が評価してくれるようになれば、会社勤めする必要もなく
なる」と言ってくれました。思い直して会社に残り、PR誌
や社内報の編集長や、PR映画のプロデューサーなどを務め
ました。その間写真は、仕事とは直接かかわりなく休日に自
分で撮り続けていました。

会社の仕事としてではなく、ご自分で撮っていた作品が評価
されるようになるわけですね。

増田 自分で撮影を重ねているうち、学者や作家、編集者な
ど様々な方々と知り合うようになりました。そうした方々と
のお付き合いのなかで、最初の写真集である『写真集 明治
の西洋館』(文=村松貞次郎)が毎日新聞社から出版されま
した。このときは、それを枕元に置いて寝たほどうれしかっ
たですね。その後も、西洋館とか日本の近代化の過程で重要
な役割を果たした建造物―近代化遺産と呼んでいますが―な
どを研究者たちと回り、撮影しました。そうするうちに週刊
誌などでも取り上げてくれるようになり、話題になり始めま
した。

●「自分の仕事」が「会社の仕事」に
フィードバックされる

会社の仕事とご自分で写真を撮り続けた、つまり「自分の仕
事」とはどのようなかかわりがあるのでしょうか。

増田 私は会社の仕事も大変好きでした。というのも会社で
は、個人では不可能な大きな仕事ができるわけです。例えば
編集長としてPR誌の編集方針を立て、部員たちがその方針
の下に動く、あるいは高名な方に執筆を依頼する……これら
を個人で行うのは非常に難しい。就職した当初は「3年間も
勤めればいいかな」と思っていたのですが、そうしたことが
面白くて定年まで勤めることになったといっても過言ではあ
りません。
またPR誌の編集など会社の仕事でも、個人的な写真で培っ
た人脈がとても役に立ちました。そのなかから実際に執筆を
お願いし、快くお引き受けいただいた作家や学者の方もいら
っしゃる。また出版社の編集者からは様々な貴重なアドバイ
スを得ることができました。こうしたことは、PR誌のクオ
リティを高めるために大きな意味を持ったと考えています。
つまり個人で行っていた写真の仕事が、会社の仕事にもフィ
ードバックされたと言えるでしょう。

●定年後も充実した活動を送れることが幸せ

定年で会社を辞められた後も事務所を設けられ、忙しくして
らっしゃいますね。

増田 事務所を借りたのは、特に大きな仕事のあてがあった
からではありません。定年までサラリーマン生活を続けてい
たために、通勤するというリズムが体の中に刻まれています。
また定年後にいつも家にいれば、これまで妻が培ってきた地
域の人々との関係にコミットするようになり、また彼女の時
間も拘束せざるを得なくなってしまいます。こうした事態を
避けたいと思ったんですね。私はいま幸いに忙しくしていま
すが、特に仕事がなくても定年後は、家庭とは別なスペース
を持ち、何らかの活動の拠点としたほうがいい。それは社会
的なかかわりを保つという意味でも大切ですね。
定年後に、様々な出版社から書籍や写真集を出さないかとい
う提案があり、そのうちのいくつかは、すでに形になってい
ます。ただ私は「この建物の写真を撮ってほしい」というだ
けのテーマ性が弱い依頼は受けません。できるだけ自分はこ
のようなテーマで、このような建物を撮りたいと提案するよ
うにしています。あるいは示されたテーマに納得した場合に
しか出版の話は受けません。自分がかかわった写真集や書籍
はできるだけオリジナリティがあるものにしたいと考えてい
るからです。

増田さんが建物を撮影するとき、最も心がけているのはどの
ようなことですか。

増田 写真は大変プラス志向の強いメディアです。例えば人
工の大理石を本物のように見せたり、狭い部屋を広く見せた
りするのは写真では比較的容易にできます。しかし、その逆
はとても難しい。だから建物の実物と写真が違うのは当たり
前なんです。こうした写真の特性を十分自覚しながら撮影す
る必要があります。
私が撮影するときに心がけているのはその建物の持つ良さを
写真を通して褒めること、そしてその建物の性格、つまり用
途とデザインを正しく伝えることです。建物には様々な用途
があり、デザインがあります。写真によってそれを引き出す
というのはおもしろさが尽きない仕事であり、それを永く続
けることができるのはとても幸せです。

 
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