「職業安定広報」2004年3/6号より

西本さんは、先祖代々「船乗り」の家に生まれました。現在はタンカーやLPG船など大きな外航船の一等機
関士として活躍しています。いったん船に乗ると半年以上の洋上生活が続きます。西本さんは「船乗り」の仕
事は好きでなければできないと語ります。その言葉には自分の仕事に対する誇りとやりがいが込められている
ようです。



一等機関士
西本定男

PROFILE
広島県の上蒲刈島生まれ。先祖代々の船乗りの家系
で、中学を卒業し、海員学校へ進む。海員学校卒業
後、三光汽船株式会社入社。一等機関士の資格を取
得し、現在はタンカーやLPG船の運航に携わる。



























































西本さんとともに船を動かす「海の男」たち。
後列中央が西本さん。

●先祖代々の「船乗り」の家系で自分も同じ道を歩む

船員になられたのはどのような動機からでしょうか。

西本 私は瀬戸内海に浮かぶ島の一つ、上蒲刈(かみかまか
り)島の生まれですが、実家は先祖代々「船乗り」でした。
私で五代目になります。祖父や父は機帆船―エンジンと帆の
両方で航行できる木造の小型貨物船のことですが―を操り、
石炭をはじめ様々な荷物の運搬をしていました。
私も子どものときから、夏休みなどには、父の船に乗せても
らい、いっしょに海を渡りました。次第に「船はいいなあ」
「海はいいなあ」と思うようになり、父の跡を継ごうと中学
卒業後に海員学校に進みました。船の乗組員は、通常、船長
や航海士、機関士、無線部職員など「海技免状」を持つ職員
と彼らの指示によって整備作業などに携わる部員―最近では
船舶技士と呼ばれますが―から構成されます。その学校は外
航船の部員養成のための機関で、ここで初めて外国に航行す
る外航船のことを知りました。それまでは、「船乗り」とい
えば父のように国内を航行する内航船の船員しか知りません
でしたから、世界が広がった思いがしました。ぜひ外航船の
「船乗り」になろうと思い、海員学校を卒業後、三光汽船に
入社したわけです。

現在はどんな船に乗っているのでしょうか。

西本 今は原油を運ぶタンカーやLPガスを運ぶLPG船、
トン数で言えば29万トンから5万トンくらいの船が多いです
ね。乗組員は通常、職員と部員を合わせて平均22名です。い
ったん船に乗ると半年から8カ月は洋上での生活になります
。私が入社した頃は、1年以上にわたることが普通でした。

●船のエンジンを動かす一等機関士

一等機関士とは、どんなお仕事なのですか。

西本 船にはエンジンのほか発電機やボイラー、冷凍機、空
調機、油圧システム、各種ポンプ、造水器など多くの機械が
備えられていますが、これらを操作し、点検・整備するのが
機関士の仕事です。機関士は等級が分かれており、それぞれ
担当する機械が分担されています。そのうち一等機関士は主
機関と呼ばれる船の推進部、つまりエンジンを受け持ちます
。私の主な仕事場は機関室ですが、ここでゲージを見つめな
がら機械の監視をしています。ゲージを見るだけでなく、音
や臭いにも異常はないか絶えず気を配っています。また部員
たちはほとんど外国人なので、彼らとのスムースなコミュニ
ケーションも大切です。
洋上では船の中ですべてを完結させなければならず、乗組員
には広い知識が求められます。機関士なら電気や旋盤、溶接
の技術や機械の材料の知識もなくてはなりません。陸上では
多くの専門家に分化している知識や技術を一人の人間が兼ね
備えていないと船は運航できないのです。

一等機関士の資格はいつ取得されたのですか。

西本 ちょうど入社10年目、私が28歳のときですね。それま
で私は部員として船に乗っていましたが、会社の意向で、次
第にその仕事に外国人を採用することが多くなりました。そ
んな事情もあって、自分がずっと船に乗り続けるためには、
資格を取らなければならないと思うようになりました。長い
航海を終え、陸に上がるとだいたい3〜4カ月の休暇があり
、その間を利用して機関士の資格を取るために学校に通いま
した。

船員、あるいは機関士の仕事の魅力はどんなことでしょう。

西本 若いころは、仕事で外国に行くことができるのがとっ
ても嬉しかったですね。それまで写真でしか見たことがなか
った風景が目の前に広がっている…それにはとても感動しま
した。ペルシャ湾沿岸地域をはじめ、アメリカ、ヨーロッパ
各地をずいぶん訪問しました。
やがて一等機関士の資格を取り、船を動かす仕事に専門的に
携わるようになると、それがとても面白くなりました。外か
らのサポートを一切受けずに、自分たちの力だけで大きな船
を港から港へ進める醍醐味はたまらないものです。最近では
、主機を夜間の無人運転ができる設備を備えたMゼロ(Mach
inery Space Zero Person)船が運航されるようになり、当直
をしなくともよくなりました。このため洋上でも休みが取れ
るようになりました。もちろん機械や天候の異常時はその限
りではありませんが…。
一番大変なのは、やはり長い間家族と離れていることですね
。そのために船員を辞めたという人も数多い。
昔は洋上から家族と交信する場合は、感度の悪い短波電話し
かありませんでしたが、今ではEメールもファックスも使う
ことができ、緊急時には衛星電話も利用できます。

●大海原を自分たちの力で進む爽快感を味わってほしい

洋上の生活で心がけていらっしゃることは、どんなことです
か。

西本 何と言っても病気や怪我に注意することですね。この
二つは船乗りにとって、最も恐ろしいことなのです。陸上と
違って洋上では救急車に助けを求めることができませんから
。部下たちにはいつも「機械はこわれても修理ができるが、
人間はそうではない。だから怪我だけはするな」と言ってい
ます。船の中には衛生管理者という医学的知識を持った船員
が乗船していますが、医者ではありませんから応急処置しか
できません。万が一の場合は、応急処置をして最短の港に寄
港し病院に運びます。

何か思い出に残るような出来事はありますか。

西本 大西洋を航行中にこれまで出会ったことのないような
ハリケーンに遭遇したことがあります。船の舷梯が壊れるほ
どの激しいもので、正直本当に怖かった。私はエンジンルー
ムで「止まるな」と祈るような思いで、緊張しながらエンジ
ンを見つめていました。

これから船員を目指す若い方へのアドバイスをお願いします。

西本 「船乗り」という仕事を好きになることが一番大切で
す。今は外航船に乗るのは、採用数が少ないこともあってな
かなか難しい。しかし、「船乗りになりたい」と思う人は積
極的に挑戦し、夢を実現してほしいですね。陸上の喧騒から
離れて、大海原を自分たちの力で進むのは実に爽快です。そ
の爽快感をぜひ自分で味わってください。

 
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