「職業安定広報」2004年11/21号より

田中辰巳さんは、企業の危機管理を専門とする会社を立ち上げました。
企業の不祥事が相次ぐ中で、その取組みは大きな注目を浴びています。
「危機管理とは人を救う仕事だ」という思いに裏打ちされた熱情と経験で培われた確かな理論が、その仕事を支えています。


(株)リスク・ヘッジ代表取締役
田中辰巳氏

PROFILE
1953年生まれ。愛知県出身。大学卒業後、アイシン精機に入社し人事部に所属。83年転職しリクルートに入社、一貫して危機管理を担当。その後ノエビアを経て、97年リスク・ヘッジを設立し、企業の危機管理を専門に事業を展開。著者に『企業危機管理 実戦論』、『それなら許す! あなたと会社を救う謝罪術』などがある。柔道三段、趣味はクレー射撃とゴルフ。




















●「罪」を認識させ、危機の対応を考える

田中さんが企業の危機管理を専門にお仕事をされるようになられたいきさつを教えてください。

田中 私はかつてリクルートで、広報課長、総務部次長、業務部長などを務め、一貫して危機管理の仕事を担当し、闇社会からの攻撃やマスコミからの批判などに対応しました。またリクルート未公開株譲渡事件への対応も経験しましたが、その中で顧問弁護団の弁護士たちと付き合うようになりました。やがて彼らが顧問弁護士を務めているリクルート以外の企業の危機管理についても相談を受けるようになり、独立を勧められました。
それは企業トラブルが数多く発生し、危機管理について世間が注目するようになった時期と重なります。その要因の一つとして、終身雇用が崩れつつある中で、社員たちが不平・不満を抱き、内部告発するようになってきたことが挙げられます。また、告発のツールとして便利なインターネットの普及もそれに拍車をかけました。さらに言えば、戦後50年がたち、さまざまな日本社会のひずみが明らかになり、新しい政治や官・民のあり方が求められるようになったという背景もあるでしょう。
このように企業や社会のあり方が問われる中で、企業の危機管理は時代の要請であり、事業として成り立ち得るのではないかとの思いを強くし、独立を決意したわけです。

企業の危機管理の仕事とはまずどのようなことから始めるのですか。

田中 日本では、問題が起きてからはじめてその対応を考える企業がほとんどですね。だから私はまず、ダメージを少なくするようにする、つまり、クライシス・マネジメントを行うわけです。
まず最初の仕事は、この問題がどのような罪をはらんでいるのかを分析し、それをクライアントに認識させることです。例えば「顧客情報を盗まれた」という場合、ほとんどの企業は自分を被害者だと思っています。しかし、これだけ架空請求が横行する中でずさんな情報管理をしていたのであり、顧客の立場からは、その企業は加害者にほかなりません。あるいは食品の偽装販売をした企業関係者の罪の認識は、多くの場合「JAS法違反」や「不当表示」という程度です。しかし外国産の原料を国内産として販売したなら詐欺行為ですし、汚染されていれば消費者の健康を害することにもなりかねません。マスコミは「殺人未遂犯」という視点で追求してくることもあり得るわけです。そうした認識なしに記者会見に臨めば、厳しいバッシングを受けることになるでしょう。
次の段階では、トップはどんな言動をするかを検討します。もし、責任者がマスコミから逃げ回るようなことをすれば、彼らは強制捜査権のある公的な機関の出動を促すような報道をするでしょう。ここで強制捜査の対象になることもあるのだということを相手に認識させ、その上で「〜すべき」ということと現実にできることの接点を見出し、対策を考えるのです。

●自分の判断が、企業の存亡を左右する厳しさ

お仕事にはどんなやりがい、あるいは厳しさがあるのでしょうか。

田中 企業の不祥事における誤った対応は、社の内外を問わず、多くの人を不幸にしてしまいます。もし倒産すれば、従業員はもちろん、その家族も大きな不幸に見舞われてしまう。企業の危機管理とは、そうした不幸に陥らないようにする仕事だと思うのです。事業と人を不幸から救う…そこに大きなやりがいを感じています。
その一方で、自分の判断がその企業の生死を左右することにもなりかねないだけに、絶対に失敗はできないという厳しさがあります。もしあきらめるとしても、誰よりも最後でなければなりません。例えトップが「もうダメだ」と思ったときでも、私は絶対にあきらめないという覚悟とその企業に対する思い入れを持っています。

企業の危機管理が大きな注目を集めていますが、その取組みは不十分だとも指摘されています。

田中 最近は企業も「コンプライアンス」を掲げ、危機管理に必死で取り組むようになりました。しかし、必ずしもうまくいっていないのが現状です。それは「罪」は時代とともに変化するという認識が乏しいことに原因があります。例えば雇用機会均等法が施行されたことで、セクハラの概念は変わってきました。過去の判例はあてにはならないのです。かつては明らかな脱法行為が問われましたが、やがて不作為が問題視されるようになり、現在では企業倫理やCSR(企業の社会的責任)に対する自覚が大きく注目されるようになっています。従来の「罪」の概念だけでは、企業の危機管理はできないのです。

●自分の考えとしてではなく、事例や理論で相手に伝える

お仕事を進めるときには、どんなことに留意されていますか。

田中 自分の意見としてではなく、事例でお話をすること、また理論で伝えることを心がけています。人は事例や理論なら、年下の者の話でも素直に受け入れることができるのです。例えば文章を書く場合に「5W1H」が重要であると同じように、記者会見では「謝意の表明」「調査報告」「原因分析」「改善案提示」「処分」の五段階で語らなければならないと伝えます。被害者が出てしまった場合には、その方やそのご家族を「癒す」ことの重要性を伝えます。たとえ罵声を浴び、門前払いされても彼らを訪問することが必要です。それが「癒す」ことになり、事情を説明し相手が「腑に落ちる」、そして繰り返し謝罪を行い「許してくれる」、「事件を忘れる」という4つのステップを理論的に説くのです。

クライアントに対しても相当厳しいことをおっしゃるようですね。

田中 それはその会社と従業員を守りたいという思いが強いからです。私が仕事をする上で軸としているのは「フォア・ザ・カンパニー」という考え方であり、トップ個人ではなく、企業全体をどう守るかということです。一時期、誤解を受けることがあるかもしれないけれど、会社のことを本気で考えている経営者なら、私の姿勢を評価し、むしろ感謝されます。私はこのことで後悔したことは、一度もありません。

 
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