「職業安定広報」2006/号より

熊倉憲二さんは、江戸切子職人です。
「お客様のご要望にはどんなことでも応える」ことを自分に課して、切子作りに励んできました。
お話からは江戸切子という伝統工芸を現代に生かそうとする熱い思いが伝わってきます。


江戸切子製造販売
「彩り硝子工芸」主宰
熊倉憲二氏

PROFILE
1950年東京生まれ。江戸切子職人であった父親の姿を見ながら、東京・亀戸でガラスに囲まれた少年時代を送る。大学を中退し、江戸切子職人としての道を歩み始める。店舗と工房が一体となった「彩り硝子工芸」を開き、江戸切子の認知度を高めることにも尽力。日々の仕事の一方、小・中学生を対象とした職場体験実習の指導にも積極的に取り組む。URL:http://www.edokiriko.com/

●江戸切子の職人であった父の働く姿を見ながら育つ

お父様も江戸切子の職人でいらっしゃったのですね。

熊倉 私が少年時代を過ごした家は父の仕事場を兼ねており、その働く姿を見ながら育ちました。また、この亀戸界隈はかつてガラスに関連する工場や工房がたくさんあった所です。日常の会話の中でも頻繁にガラスに関することが話題になりましたし、家に出入りする業者の方も多かった。私が江戸切子の職人になったのも、きわめて自然の成り行きといえるでしょう。大学にも進みましたが、中退して本格的にこの仕事に携わったのは、20歳前後だったと思います。

仕事の先輩でもあるお父様からはどんなことを学ばれましたか。

熊倉 「仕事は工夫だ」これが父の口癖でした。ガラスを削ること自体は意外と単純なことですが、大切なのはどんな工夫を加えるかということです。父は職人特有の頑固者だったのでぶつかることもありましたが、その反発の中でより上手に切子ができるようになったのではないかと思います。今でも父のたしなめの言葉をときどき思い出しますね。

●お客様に鍛えられ、育てられて今の自分がある

江戸切子の工程を教えていただけますか。

熊倉 江戸切子には、「色被せ」と呼ばれる技法で作られたガラスを用います。これは色ガラスと透明なガラスを2重に吹き合わせたものです。大まかな工程を言うと、切子を入れる目安を描く「割付」、基本的なカットを行う「荒摺り」、細かい模様を作る「中摺り」、削った面を滑らかにする「石掛け」、輝きを出すための「磨き」という5段階があります。

お仕事の面白さややりがいはどんなところにありますか。

熊倉 通りに面した場所に、工房と一体となった店である「彩り硝子工芸」を開いて13年になります。この店を構えたことで、お客様の声を直に聞くことができるようになりました。お客様が店に立ち寄って、様々な提案をしてくださいます。以前は同じパターンの作品を大量に作ることが主流でしたが、今ではご自分だけのオリジナルな江戸切子を望まれる方が増えてきました。従来からの容器に切子を施すというだけでなく、ピアスやペンダント、あるいは風鈴やミニランプなどお客様のご要望は多岐にわたります。また、描く柄もお客様のご希望に応じて、幾何学的な模様にとどまらず、動物や鳥、魚、花模様など様々です。このようなお客様のご要望に最大限にお応えすること、それが私のやりがいです。「こんな発想があるのか」とお客様からは多くのことを勉強させていただいています。私はお客様に鍛えられ、育てられて、切子職人としての道を歩んできたという思いが強いですね。

お客様のニーズに応えることを心がけていらっしゃるのですね。

熊倉 お客様のご要望にはどんなことでも応えようと思っています。ときにはかなり高度な技能を必要とするご注文もありますし、「かなり難しいな」と思う場合もあります。しかし、そんなときでも新しい技法を考えて、最大限の努力をします。なかには試行錯誤しつつ、1年がかりで仕上げた作品もあります。採算から見れば全く見合いませんでしたが…。でもお客様のご要望に「できない」と言わなかったからこそ、今の自分があるのだと思うのです。難しいことに挑戦することで、自分の技能が大きく向上したのですから。この仕事は「これでいいと自己満足したらおしまいだ」と自分に言い聞かせています。

●小・中学生たちに職場体験実習を通し、働く喜びを伝えたい

熊倉さんは江戸切子の認知度を高めることにも力を入れていらっしゃいますね。

熊倉 伝統工芸の職人というと、黙々と仕事に勤しんでいるというようなイメージがありますが、私はプロモーションや宣伝広告も大切だと考えています。そのためにホームページも早くから開設しました。ホームページを通じて海外からの注文もあります。苦労しながら英語や中国語のしおりも作りました。IT時代にアピールするために、江戸切子のパソコンも作りました。
通りに面した場所に店を構えたのも、より多くの人々に江戸切子を知っていただきたいからです。通りがかりの方がふと立ち寄られることも少なくありません。お買い求めいただかなくとも、その方の「きれい」という印象が周囲の人々に伝わり、江戸切子がさらに広まることになれば、とてもうれしく思います。

職場体験として小・中学生たちを受け入れ、江戸切子の実習を指導していらっしゃいますね。

熊倉 こうした取組みを始めたのも、江戸切子という伝統工芸をお子さんたちに知ってほしいと考えたからです。参加者は年間五百人ほどになるでしょうか。地元の学校だけでなく、修学旅行時の体験学習として地方からお見えになるお子さんもいらっしゃいます。初めのうちは消極的な態度を示すお子さんもいますが、実習を始めると、目を輝かせ夢中になります。そのような姿を見ていると、できるだけ感受性が豊かな若いときに、自分の手で何かを作るという経験が大切であると痛感しますね。

このごろは、一度職に就いてもすぐに辞めてしまう若者が多いようです。職場体験を受け入れていらっしゃるご経験からアドバイスをいただけますか。

熊倉 お子さんたちが2回目の職場体験に訪れたとき、今度はお客様を想定した切子を作るように指導しています。自分以外の誰かのために気持ちを込め、時間を費やして作り上げたものが対価として返ってくる。その喜びを知ってほしいからです。対価を得ることができるのは、自分の作った物やサービスが評価されているからでしょう。しかし、評価していただけるようになるには、ある程度の辛抱がどうしても必要です。若い人たちは、その辛抱ができないのではないかと思うのです。それはとてももったいないことですね。でも、人間に無駄な経験というのはありません。志がかなわずほかの仕事に移らざるを得なくなったとしても、前の仕事の経験はきっと生きるはずです。

 
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