「職業安定広報」2006年4月号より

福井泰代さんは、東京メトロの地下鉄駅構内の柱に貼られている「地下鉄のりかえ便利マップ」を開発した方です。
利用者に役立つマップを作ろうと、5カ月にわたり、一人ですべての駅の構造を調査しました。
その後会社を設立し、起業家の道を歩み始めます。
現在、生活に役立つ便利なマンナビ用のコンテンツの開発を軸に事業展開を図っています。
福井さんのお話からは、好きなことを仕事にできた喜びが伝わってきます。


株式会社ナビット代表取締役
福井泰代氏

PROFILE
神奈川県生まれ。大学卒業後、キヤノン販売株式会社に就職し店頭販売を担当。出産を契機に同社を退社。その後、営団地下鉄の全駅を一人で調査し「地下鉄のりかえ便利マップ」を考案し、企業に働きかけ商品化を実現。1997年有限会社アイデアママを設立。2001年株式会社ナビットを設立し代表取締役に就任、マンナビゲーションに関する数々のコンテンツを開発する。著書に『恋も仕事も思いのまま 夢を叶える仕事術』がある。
(株)ナビットのホームページURL:http://www.navit-j.com/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナビットのスタッフとともに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

定期入れ用の「地下鉄のりかえ便利マップ」

●自分で調査し、「地下鉄のりかえ便利マップ」を考案

大学卒業後、キヤノン販売に就職されたそうですね。そこではどんなお仕事をされていらっしゃったのですか。

福井 カメラ用品、パソコンやその周辺機器の販売をする「ゼロワンショップ」と呼ばれる店舗で、その立ち上げから店の運営全般をスタッフの1人として経験しました。このときの経験は、その後も役立っていると思います。

発明がご趣味だったそうですね。

福井 ええ。育児をする中で考え出したものがほとんどです。発明協会にも入会し、通信教育で特許について勉強して、自分で申請して取得したこともあります。

そのような発明への関心が「地下鉄のりかえ便利マップ」を考案する素地にあるわけですね。この「地下鉄のりかえ便利マップ」を初めて見たとき、「どうして今までこのような案内図がなかったんだろう」と思い、感動しました。地下鉄を利用する際に目的の出口や乗換え路線に行くにはどの車両に乗れば最も近いかが一目でわかりますから…。このマップはどのようなときに思いつかれたのですか。

福井 ある駅で長男を乗せたベビーカーを押しながら、エレベーターを探してホームの端から端まで歩いたことがあります。夏だったこともあって、私は汗だくになり、子どももぐったりしてしまいました。「のりかえ便利マップ」を思いついたのは、この経験がきっかけでした。あらかじめ駅の構造を乗客が知っていれば、こんな苦労はせずに済むのに…そんな思いでしたね。そこで発明協会の方たちが言っていた「不便なことはビジネスのチャンス」という言葉を思い起こしたのです。

しかし、乗客があらかじめ駅の構造を知るようにするにはとても大変ではありませんか。駅の構造は一つひとつ違いますし、同じ駅でも上りと下りのホームで異なります。

福井 私は当時の営団地下鉄(帝都高速度交通営団、現在の東京地下鉄株式会社、愛称は東京メトロ)の256駅をすべて調べました。週末ごとに子どもを夫に預けて調査したのです。1日で調査できるのは23〜24駅が限度でしたね。すべての駅の調査が終わるまで5カ月間かかりました。

なるほど。その調査をベースに「地下鉄のりかえ便利マップ」を作り上げ、商品化しようといくつもの企業を訪ねられたのですね。

福井 訪問させていただいた企業は50社以上になるでしょうか。当初はガイドマップのような本にしていただこうと働きかけました。最初はなかなか難しかったのですが、改良を重ねやがて情報誌に採用していただきました。手帳にも採用していただこうと日本能率協会と交渉していたときの、「取引は法人で行いたい」という申し出をきっかけに、97年「アイデアママ」という有限会社を設立したのです。この会社は資本金300万円で設立し、自宅の一部を仕事場にしていました。スタッフは私のほか、アルバイトが1人いました。

●発明家から起業家への道を歩む

やがて、営団地下鉄で「地下鉄のりかえ便利マップ」が採用され、駅の構内に掲示されるようになった。他の鉄道会社の「のりかえ便利マップ」も開発し、それらの企業との取引も始まりましたね。事業としても大きく成長する中で新たな展開を図られたようですが…。

福井 営団地下鉄さんに「地下鉄のりかえ便利マップ」を採用していただくまでに、最初のお願いから2年ほどかかりました。他の鉄道会社さんでも、採用していただくまでに相応の年月がかかっています。様々な苦労はあったものの、確かに事業は成長していました。スタッフが増え、事務所もそれまでの自宅から移って、新たな所を借りました。
仕事量もそれまでのアイデア商品を売り込むことから、次第にナビゲーションやITに関連したコンテンツの開発に中心が移ってきました。そうしたことから「アイデアママ」という社名が事業内容にそぐわなくなり、スタッフが増えたこともあって、このままでいいのだろうかと考えるようになりました。
そのころ、ある会社の社長さんがテレビに出演され、発明家と起業家の違いについて「発明家は今日ゲタを考えたと思ったら、明日は扇風機を考え、明後日には靴べらについて考えている。起業家は1本の木を林にし、森にしてさらに山林にする」とおっしゃったのです。私が発明家ではなく起業家になろうと決心したのは、この言葉がきっかけでした。それと前後し、新たな会社として「ナビット」を設立し、現在に至っているわけです。

「ナビット」では、どのようなコンセプトで事業を展開しようと思われたのですか。

福井 何を軸にして事業を展開するかを思案していたとき、いっしょに仕事をしていたナビゲーションのソフトを作っている会社の方から、「これからはマンナビゲーションの時代が来るよ」と言われたのです。実は「マンナビ」という言葉をそのとき初めて知ったのですが…。「マンナビ」とは人を目的地まで案内するシステムのことです。これに特化して事業を展開すれば、成長できるのではないかと考え、これまでさまざまなコンテンツを開発してきました。インターネットや携帯電話が大きく普及したこともあって、会社はITベンチャーとして位置づけられるようになっています。現在は「マンナビ」を軸に「バリアフリー・マップ」の開発や特定の地域のきめ細かな情報を提供する「草の根コンテンツ・狭域リサーチ」なども事業としています。これらのコンテンツ作りのベースとなるフィールド調査には、わが社に登録している約2万5千人の地域特派員が活躍しています。そのほとんどは主婦の方で、大学の鉄道研究会に所属している学生も100人ほど登録しています。

●好きなことを仕事にできた幸せ

お仕事の楽しさややりがいはどのようなところにありますか。

福井 前にもお話ししたように、もともと私は発明を趣味としていました。現在の仕事もその延長線上にあると思います。今は思いつきだけに頼ることなく、しっかりとしたコンセプトの下に調査を重ね「マンナビ」に関するさまざまなコンテンツを開発していますが、新しく考えたことを形にするという点では、基本的に同じですね。私はこのようなクリエイティビティ=創造することが大好きなのです。好きなことを仕事にできる、これは大変幸せなことだと思っています。
また、私たちが開発したコンテンツがいろいろな場所で、多くの方にご利用いただいていることが大きな励みになっています。

お仕事の中ではどんなことを心がけていらっしゃいますか。

福井 発明からスタートした会社なのでオリジナリティにこだわっていきたいなと考えています。物真似ではない、私たち独自のサービスを提供することを心がけていきたい。またベンチャー企業としてのスピード感とフットワークのよさを生かした仕事をしたいと思っています。

ご苦労もあるのではないでしょうか。

福井 資金繰りや人材の確保など、会社を運営・維持していく上での苦労はあります。でもそれは他の経営者の方も同じでしょう。そういう意味では人並みの苦労といったところでしょうか。

●育児と仕事の両立 本当に大変なのは一時期だけ

福井さんは、2人のお子さんを育てながらお仕事をされていらっしゃいましたね。育児とお仕事の両立は大変だったのではないでしょうか。

福井 下の子が生まれてから発明を始め、会社を設立したのは、その子が2歳のときでした。子どもの成長期と会社の黎明期が重なったわけです。保育園の送り迎えをはじめ、綱渡りのような生活をしていたと言えるでしょうね。子どもがアトピーや喘息に罹ったこともあって、大変さはさらに大きくなってしまいました。それでも自宅を事務所にしていたときは、臨機応変に対応できました。その後、自宅の近くに事務所を借りたときも、何とか対応できました。会社の休憩室で熱がある子どもを寝かせたこともあります。また、子ども好きな女性を雇ってサポートしていただいたこともあります。私の場合、そうしたことができただけでも、恵まれていたのかもしれませんね。

そのようなご経験を踏まえ、育児をしながら働いている女性への励ましをいただけますか。

福井 育児と仕事の両立は、確かに大変です。でも本当に大変な時期はせいぜい3〜4年程度ですよ。長い人生から見れば、一瞬のこととも言える。その大変な時期をがんばって何とか乗り切ってほしいと心から思いますね。子どもが成長すれば、自分の味方として心強い存在になってくれますから。

●好きなことを必死で頑張るのが一番

近年は定職になかなか就かない若者が増えているようです。このような若者に対してアドバイスをいただけますか。

福井 私は好きなことを仕事にできて幸せだと申し上げましたが、本当にそう思っています。わが社の仕事をお手伝いしていただいている若者の中にもフリーターと呼ばれる人たちがいますが、彼らの多くは夢を持っています。彼らにはその夢をとことん追い求めてほしいですね。自分の経験からも、好きなことを仕事にするのが、望ましいのではないでしょうか。
確かに好きな分野で寝食を惜しんで努力しても一流になることができるのは、一握りの人でしょう。好きな分野でさえ、一流になるのは限りなく難しい。だったら自分の意に染まないところでがんばっても、思わしい結果を得るのはさらに困難ではないでしょうか。好きな仕事で必死に頑張り、楽しいことをきわめる…これが一番ですね。

 
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