「職業安定広報」2006年7月号より

五十嵐俊介さんは大学を卒業し一般企業に就職した後、お父様の跡を継いで張子師の道を歩み始めます。
その歩みの中で、初めて「自分の仕事」に出会ったと語ります。
お客様のご要望にきめ細かく応えるために手づくりにこだわりながら、
張子にとどまらず、飴細工や土人形制作・象牙彫刻も手がけるなど、広く活躍しています。


張子師・造形作家
五十嵐俊介氏

PROFILE
昭和46年、埼玉県生まれ。子供のときから父の健二さんに張子作りを学ぶ。大学卒業後、一般企業勤務を経て、平成7年父の跡を継ぐ。大学在学中に飴細工師に弟子入りして、イベントなどでその技を披露する。張子作りのほか、土人形制作や象牙彫刻も手がけ、職人としての幅を広げる。各種展示会への参加や個展開催のほか、海外でのイベントでも活躍。父と弟とともに「春日部張子人形店 玩古庵」を開設し、作品を展示している。
春日部張子のオフィシャルサイト「招き猫本舗」
URL:http://www.maneki-neko.com/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お客様の要望に応えるため、様々なバリエーションの作品を作る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「玩古庵」には、五十嵐さんの作品のほか、知友の作家・職人の作品も展示されている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伝統を大切にしつつ、現代的にアレンジした作品も五十嵐さんの持ち味だ

 

 

 

 

 

 

 

張子の招き猫に彩色する

●一般企業での勤務経験を経て家業を継ぐ決心をする

お父様の健二さんは江戸時代から伝わる技法を受け継ぎながら、独自に「春日部張子」の制作を始めた方として知られていますが、小さい頃からその跡を継ごうと考えていらっしゃったのですか。

五十嵐 いや、実はそうではないのです。私の大学生時代は、まだバブル経済の余韻が残っており、学生の就職は完全に売り手市場でした。就職が決まらず悩むということはほとんどなかったのではないでしょうか。私も仕事についてそれほど深く考えず、ほかのみんなと同じように就職活動をし、卒業後に一般企業に就職しました。

しかし、短期間で就職した会社を辞めてしまいますね。

五十嵐 ええ。その会社に在籍したのは8カ月あまりでした。確かにきわめて短期間でしたね。一言で言うなら、企業の論理に適合できなかったということでしょうか。強引とも言える営業手法や休日も会社のイベントに駆り出される……。このように生活のほとんどが会社にとらわれてしまうことに大きな違和感を覚えたのです。その会社を辞めても、父の跡を継ぐという踏ん切りがつかず、その後化粧品の卸会社に就職しました。父の跡を継ぎ、本格的に今の仕事を始めたのは25歳を過ぎた頃でしょうか。

お父様の跡を継ぐと決めたのには、何か心の変化があったのでしょうか。

五十嵐 会社で働いているとどうしても組織の論理が優先され、自分でこんなふうにやりたいという思いや個人の意見を仕事に反映させるのはとても難しいということに気づいたことが大きいでしょうね。そのような中で働くことの意味をつかめないまま、毎日を送っていました。そんなとき、父が作った張子にお客様たちが喜ぶお顔を思い出したのです。お客様に喜んでいただける仕事がしたい…それは自分の家業ではないのか…。そんな思いが深まり、この張子作りの仕事で頑張ろうと思ったわけです。

●飴細工師としても活動し、造形の技を磨く

一方で飴細工師としての修行も積んでいらっしゃいますね。

五十嵐 大学1年生のとき、ある百貨店で開かれた職人展で飴細工の師匠と出会いました。その技に驚嘆し弟子入りしたのですが、やがて自分でも飴細工ができるようになり、師匠が高齢なこともあって、その代役としてイベントなどに参加するようになりました。その場でいろいろな形の飴を作り、子どもに手渡すととても喜んでくれる。その表情はとてもうれしそうで、自分にもその喜びが伝わってきました。仕事とは本来このようなものではなかろうかと思うのです。

飴細工の技は張子作りにどのように役立っているのでしょうか。

五十嵐 もともと張子は木型に濡れた和紙を貼り付け、それを乾かし刃物で切れ目を入れて型を抜きます。その後、できた型の合わせ目を張り合わせて張子の原型を作り彩色を施します。しかし、木型は幾度も切れ目を入れているうちに、次第にその部分が削り取られ、形が崩れて使えなくなってしまいます。そこでこの木型を使った張子の代わりに、焼き物で人形を作る場合があります。この焼き物を作る際にまず土をこねますが、その時に飴細工の修行で培った技術がとても役に立っています。

●作品はすべて手作りで、一人ひとりのお客様の要望に応える

張子作りはいつごろから学ばれたのですか。

五十嵐 子どもの頃から父の張子作りを見ていましたから、本格的にこの仕事をしようと決意したときにはある程度のことはできるようになっていました。もちろんその後も、足りないところは勉強しながら補っています。

お仕事の喜びややりがいはどんなところにあるのでしょうか。

五十嵐 江戸時代の職人たちは、お客様から「こんなのできる?」と言われて「できるよ」と応え、注文通りの作品を作るという心意気がありました。ところが、今ではほとんどが機械で作ってしまう。機械は便利ですが、限られたパターンのものしか作ることができません。ここで作るものは、張子をはじめすべて手作りです。それというのも、江戸時代の職人たちの心意気を受け継ぎたいと思っているからです。そのことがとても楽しいですね。お客様の個別のご要望にも、きめ細かく対応することができて大変喜んでいただいています。また、年々腕も上がっているし、できる作品の幅も広がっているという自負もあります。
また、張子だけでなく、土人形制作も手がけるようになりました。昨年は象牙の細密彫刻の手法をマスターするために象牙根付作家に弟子入りしました。これまでは象牙の彫刻は全くできなかったけれど、今年はこれで招き猫を作るなどさまざまな新しい作品を作っていきたいと考えています。

お客様からはどのような反応がありますか。

五十嵐 例えば受験の季節になると合格達磨や天神人形がよく売れるようになりますが、お客様から「志望校に合格した」という声を聞くことがあります。また、左手を挙げているピンクの招き猫は恋愛が成就するとされていますが、これをお買い求めいただいた離婚した女性から「再婚できた」というお電話をいただいたこともあります。それらの出来事は偶然に過ぎないかもしれませんが、このようなお客様の声を聞いたときはとてもうれしくなります。

お仕事の厳しさや大変さを感じるのはどんなときでしょうか。

五十嵐 非常に細かい仕事をするので、手のひらと甲が凝ってしまって、動きが鈍くなっています。また長時間座ったままで仕事を続けているので、慢性的な腰痛に悩まされています。肩こりもひどく、時には吐き気をもよおすこともあります。こんな状態なので、毎日1時間くらいのストレッチをしないと、仕事を続けることができません。

●「伝統」と「現代」を両立させて仕事に励む

招き猫や犬張子のような伝統的な張子のほかにも様々な種類の作品を作っていらっしゃいますね。

五十嵐 伝統を大切にしながらも、それにとらわれず新しいことにも挑戦したいと思っています。今の時代にはどんな作品が受け入れられるのか、いつも考えています。それだけに流行には敏感にならざるを得ません。常にお客様の意向を踏まえた作品を作ろうと心がけています。自分の思いだけに偏った一人よがりはしないように自身に言い聞かせています。

伝統的なものと現代的なものを並行させながら仕事をすることにギャップを感じることはありませんか。

五十嵐 それはありませんね。かつては方々に郷土玩具の収集家がいらっしゃいました。しかし今ではその数は大変少なくなっています。郷土玩具が消え去っていく現状があるからこそ、伝統に基づいたものを作っていかなければと思っています。昔の文献をひもときながら、「こういうものが作られていたんだ」「こんなものがあったらいいな」と思い、復刻も試みています。同時に今のお客様に喜んでいただけるものを作ることも、張子職人の役目ではないかと思います。

自営業なので自分で仕事時間をコントロールしなければなりませんね。

五十嵐 はい。おっしゃるように自営業の場合、自分で律しないと仕事も生活もルーズになってしまいますから。私の場合は、1日の仕事時間は午前9時から午後5時まで、週に1日は休日をとると決めています。もっとも忙しくなってくると、そうも言っていられないのですが。例えば年末年始に使われる干支作りの時期はとても忙しくなります。ひな祭りの時期や実演販売会が重なったときなども忙しいですね。

数多くのイベントにも参加していらっしゃいますね。

五十嵐 各地のデパートで開かれる実演販売会のほか、「JAPAN・EXPO」など、日本を紹介する海外のイベントにも参加しています。なかでも私たちにとって大きいイベントは毎年9月29日に開催される「招き猫祭り」です。これは「来る福」の語呂合わせでこの時期に伊勢神宮近くで開かれるもので、全国から招き猫が集まります。

●自分に合った仕事を見つけるためにまず一歩を踏み出そう

近年、ニートと呼ばれる人々が増えつつあり社会問題化しています。また、自分がどんな仕事に適しているかがわからず、就職を敬遠する傾向もあります。このような人々にご自分の経験を踏まえてアドバイスをいただけますか。

五十嵐 大切なのは、とにかく何かをやってみることではないでしょうか。そうしなければどんな仕事が自分に合っているのかわからない。私は就職した会社の風土になじめず、退職した人間です。会社では仕事の面白さを感じることはできなかった。もし家業がなかったなら、私もニートになっていたかもしれません。たまたま張子作りという家業があったから、現在の私がいる。張子作りを本格的に始めてその面白さがわかり、これが「自分の仕事だ」と思うようになりました。今から思うと、会社の風土にはなじめなかったけれど、その経験が自分と仕事を見つめ直すことにつながったのではないかという気がしています。ニートと呼ばれる若者たちには、自分に合った仕事を見つけるためにも、「まず一歩を踏み出そう」と声をかけたいですね。

 
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