2026.07.15New
若者のこころ考現学 (第9回)
職業新人と対面
~全方位的エンプロイメンタビリティ~
臨床心理士/公認心理師金屋光彦
1 仕事現場での力添え
私が新米記者時代、法務大臣だった秦野章氏に対面取材の機会がありました。
「かなやさん、もっとリラックスしてやりましょうよ、さあ、肩の力を抜いて、そうそう、その方が私も話しやすいからね」
緊張する私に、警視総監まで昇り詰め、べらんめえ口調の強面で有名だった秦野氏は、意外にもすぐに名前を覚えてくれ、心優しい気遣いをしてくれたのです。
また、TBS 調査部長だった川勝久氏からは「ボクからみると、若手記者の中で、キミは先頭を走っている一人だ」と励まされ、その後もよく取材で協力してくれました。
望んで就いた仕事とはいえ、新人時代の辛さは圧倒的でした。土日働いても追いつかず、締切り迫る編集部で寝ずに書いた後は、いつも体重が2、3キロは落ちたものです。
恐怖だった取材が次第に楽しみへと変わり仕事が面白くなっていったのは、様々な人達から頂いた無数の力添えのおかげです。もしそれらが無かったならば、私は新米のまま潰れていたかもしれません。
2 親と先生は同志
今、学校現場で最も負担になっているのが、保護者対応です。モンスターペアレントの存在を、みなさんも耳にしたことがあるでしょう。子への愛情の深さには敬意を覚えますが、転ばぬ先の杖になりすぎて、子どもが成長するチャンスとなる種々の体験を事前に摘み取ってしまう等、不適切な行為が散見されます。
PTAの成人学級や保護者対象の講演会で、いつもお願いしてきたのは「学校や先生への不満は、子どもの前では決して言わないこと、あればスクールカウンセラー(以下SC)の私に言ってください」です。
子ども達は、先生への批判を親から耳にすると、学校で本気で頑張る気持ちがたちまち萎えてしまいます。親が抱く学校不信が、そのまま子どもへ移ってしまうのです。
子どもを立派に育てたい、その思いは親も教師も同じです。両者は本来連帯協力すべき同志なのです。
しかし現実は、相手側の領域に土足で踏み込み、「先生の教え方が?」、「家庭での育て方が?」となりがちです。このレベルになると、悪影響が子ども達に確実に及びます。学校と家庭間に信頼関係がなければ、先生が施す学校教育は、「ざるに水」になってしまうのです。
3 命を支えるテーブル撤去
東京都新宿区内の小学校に勤める新人女性教諭が、わずか赴任2カ月後に自ら命を絶つという痛ましい事件がありました。芯が強く明るい性格だったという彼女は、2年生の担任として働き始めます。多忙を極め、朝6時半には家を出て、帰宅後も仕事を持ち帰り、ソファの上で朝を迎えた日もあったといいます。
間もなく、指導に不満を抱く保護者が、日々の連絡帳に批判を綴るようになります。自殺の5日前には、保護者4人が校長室へ駆け込むクレーム事件まで起こします。
区教育委員会はこの事件後、「新規採用教員への心のケアと保護者への対応は、全教員が連帯してサポートしていく組織体制が必要」と結論づけました。彼女の父親も「保護者対応が、気持ちの面で一番辛かったと思う」と述べています(朝日新聞2月18日2010)。
当初、問題は保護者にあったとされましたが、彼女のご両親は「原因はむしろ学校のあり方にある」と語っています。
かつてこの学校の職員室には、教員たちが悩みを語ることができたテーブルがあったのですが、彼女が赴任した年からは撤去され、和やかな空気は無くなったといいます。私がSCで通った板橋区立の学校職員室にも大きなテーブルがあり、先生方が思い思いに集い、子ども達の事や困り事等を自由に話し合っていました。
「保護者からのクレームだけで、人は死なない。教師が支え合える仕組みがないと、子ども達にとっても悲劇になる」(前出父親)
4 対面支援が必須の現代
仕事がうまくいかず惑い苦しむ新人の孤立が、今問題になっています。コロナ禍でリモートの普及もあり、対人場面が全般に減る中、空気を共有するリアルな対面を持たなくなると、人のメンタルレベルは確実に落ちます。
職業と職場の適応を同時に求められる新人は多忙を極め、誰もが心身に高い負荷がかかります。これにクレームやパワハラ等の新たなストレッサーが加わると、破綻のリスクが一挙に高まります。電通での労災事件(2015)で、東京大学出身の高橋まつりさんが命を落としたのも、入職1年目の12月でした。
大学生や新入社員に会うと、対面よりも、スマホやSNSへの依存傾向が目立ちます。全体の自殺者が過去最低の1.9万人と大幅減少した一方、15~29歳の自殺者数は3,125人と5年連続で3千人を超え高止まり状態です(2024厚生労働省)。自殺の背景には、深刻な孤立があります。
新人は、早く仕事を覚えて成長しワークライフバランスを実現したいと願っています。リアルな全方位的エンプロイメンタビリティが、今強く求められているのです。