メインコンテンツへスキップ

Vol.26-3

『職業研究』2022年No.1より

キャリアカウンセリングの様々な現場で活躍される方々によるリレーコラム。

「転勤がないところに就職したい」でいい!?

加藤 駿氏 画像

駒澤大学
キャリアセンター

加藤 駿

 「相談者を元気づけたい」
 カウンセリングの現場にいる方であれば、このように考えることは多いのではないでしょうか。かく言う私もその一人で、しばしば空回りしてしまうこともあります。
 今回は、学生を元気づけようとして失敗してしまった苦い経験をもとに、そこから得た学びを皆さんと共有できればと思います。

Cさんの事例

 Cさんが私のところに相談に来たのは、3年生の11月のことでした。面接練習や書類添削に関する相談でしたが、その高い完成度に驚かされたのをよく覚えています。
 しかし、相談を受ける中で、「本当はマスコミを目指したいが、自分のレベルでは無理だと感じて諦めた」という話が彼の口から飛び出しました。私には彼が非常に立派に見えていたので、そのような不本意な思いを抱えて就職活動をしていることにさらに驚きました。
私は返す刀で「諦めるのはまだ早い」、「君ならできる」と言って元気づけようとしました。今思えば、「実力があるのだから諦めてほしくない」というのはあくまで自分の願望で、本当にCさんの気持ちに寄り添った対応ではなかったのかもしれません……。

前向きを押し付けない

 Cさんはその後もキャリアセンターに足しげく通い、様々なカウンセラーに面接練習や書類添削を依頼していました。それらの完成度だけではなく、そのバイタリティーも目を見張るものでした。
 そんなある日、また就活に対して弱気になっているCさんに対し、いつものように励ましていると、何やら不穏な空気を感じます。Cさんは私の言葉に、「一般論は聞きたくないんです」と言って、堰を切ったように泣き出してしまったのです。いかにも順調そうに見えるCさんの就活でしたが、本人の中ではモヤモヤしたものが残っていたようです。
 それからCさんの本音を丁寧に聞き出すと、いろいろな悩みやジレンマが見えてきました。Cさんは3年生の早い時期からマスコミ関係への就職を志し、積極的にインターンシップに参加するなど、努力を重ねてきました。そこで他大学の学生のレベルの高さを痛感し、泣く泣く希望業界への就職を諦めたようです。
 今思えば、やるだけやって断腸の思いで諦めたCさんに向かって、安易に「まだ間に合う」というような励ましは、いささか早計でした。もちろん、本当に諦めるべきかどうかは別問題ですが、まずは本人の思いや背景をひっくるめて受け止めなければ、相談者を本当の意味で元気づけることはできないのだと反省しました。

就活のジョーシキ

 大学で進路支援をしていると、やりたいことに向かって準備することが正義だという雰囲気や、条件や環境で就活することをタブー視する空気をひしひしと感じます。そのため、やりたいことがある人に対してはそれを応援し、ない人には見つけるためにどうするかということばかり考えていました。しかし、このような「就活のジョーシキ」のようなものへ学生を誘導することは、学生のホンネを隠させてしまうことにつながってしまうのではないでしょうか。
 私は進路支援において「元気づける」ということは、「次の行動の活力になる」ということだと思っています。そのために、まずはホンネを吐き出してもらう必要があるとも思います。
 例えば、「やりたいことがないので、転勤がないところに就職したい」という意見があってもいいのではないでしょうか。「それじゃ厳しいよね」と言うのは簡単ですし、きっと本人もわかっていて相談しているはずです。
 一見ネガティブともとれるこの言葉の中には、「〇〇したい」という前向きな言葉が含まれています。これが動き出そうとするサインだとすれば、転勤のない職場を一緒に探すなど、寄り添って考えることで先に進めるかもしれません。
 正直に言えば、学生に対して「それじゃまずいんじゃないの?」と思うことはたくさんあります。しかし、どのような形であれ、動き出そうとする力をサポートしたいとも考えています。Cさんとの面談を経て、安易に励ましたり、一般的なルートに無理に引き込もうとしたりせず、迷いながらも一緒に道を探すことが大切なのだと思うようになりました。