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Vol.16-3

『職業研究』2009年秋季号より

キャリアカウンセリングの様々な現場で活躍される方々によるリレーコラム。

自分の旬に成長する

島津和代氏 画像

日本体育大学 非常勤講師
湘北短期大学 キャリアサポート部 非常勤職員

島津和代

 C君はゆっくりと就職に向かい合っている学生でした。時々来室して自分のことを話すのですが、「どこかに自分に合う会社がありますか?」という具合の語り口の学生でした。
 決して不真面目な態度ではないのに、どことなく他人の話をしているような感じが残るのです。華奢な体つきで話す声は少し小さいけれど、穏やかな笑顔のスポーツ好きな青年です。
 一度ある企業に内定をしました。私は、さぞかし大喜びでいるのだろうと思っておりました。しかし彼は、しばらくしてずいぶん前に辞退をしていたことを、学内で通りすがりの会話の中で私に伝えてきました。C君には内定を断わった大きな理由はないようでした。辞退する前に別の企業の内定が決まったわけでもないのです。その時は「あれあれ…」と、少しだけ肩透かしをされたような寂しさを感じました。
 C君はその後も卒業まで就職活動を続けましたが、内定は出ませんでした。卒業時にC君は「6月までに正社員になることを目標にして、就職活動を続けます」と夢に日付を付けて巣立ちました。

 6月下旬、爽やかな青年が来訪しました。一瞬だれかわからないほど印象の変わったC君は、
 「今日は、ご挨拶に来ました。6月までにというお約束で卒業したのですが、しばらくの間、現在のアルバイトを通して正社員を目指していくことに決めました。今日はそのことをご報告に来ました」と、わざわざ貴重な休日を使って訪ねてくれました。
 「両親との約束は卒業とともに自立すること。大学時代から一人暮らしをさせてもらっていたのですが、3月を限りに家賃など生活費一切の援助がなくなりました。目の前にその現実が見えて、初めて実感しました。これまで育ててもらって両親には感謝しています。学費以外に毎月自分の生活をこんなにも面倒を見てもらっていたのだと感謝しています。何とかしなくてはという思いで現在のアルバイトを始めました。店長は、人の話を聞く時には必ず話している人の目を見ること、大切なことはメモを取ること、教わったことは下手でもいいから次には自分でできるように行動すること、これらを教えてくれました。店長は、とても厳しい人です。繰り返し根気強く叱ってくれます」
 「でも、こんなことは学校にいるときから何度もアドバイスをいただいていたことだったのに、なぜか本気になれなかったのです。その時はどうしても気が乗らず面倒になってあきらめた自分がいました」

 C君は、店長さんから社会人としての大切なことを吸収しているところでした。店舗のオープン前の清掃1つとっても大切な仕事であること、いい加減なことをしていては役立つことができないこと。毎日の『ありがとうございます』の言葉からも、心から人に感謝の気持ちを伝えることの大切さ。
 正規雇用を目指しながら、しばらくはこの店長と一緒に仕事がしたいとC君は選択したのです。
 6月は、C君の旬だったのです。人生の大きな決め事をしていく道すがらで、青年は社会人としての礼儀やマナーを身に付けていくのです。