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Vol.19-2

『職業研究』2012年夏季号より

キャリアカウンセリングの様々な現場で活躍される方々によるリレーコラム。

相談者の「安全」を目的とした支援

藤掛弘美氏 画像

(株)セーフティネット・マネージャー
人材紹介会社・スーパーバイザー
産業カウンセラー

藤掛弘美

 今回は二つめの「A」、「相談者の『安全』を目的に支援する」をテーマにケースのご紹介をしたいと思います。
日本では、100人に3~7人という割合で、これまでにうつ病を経験した人がいるという調査結果があります。さらに、厚生労働省が3年ごとに行っている患者調査では、うつ病を含む気分障害の患者さんが、近年急速に増えていることが指摘されています。平成8年には43.3万人だったうつ病等の気分障害の総患者数は、平成20年には104.1万人と9年間で2.4倍に増加しました。うつ病に罹患しながら就業している人の人口も増加しており、企業側も心の健康づくりに取り組んでいます。

 Bさん(男性・独身)は、国立大学大学院で理系の博士号を取得した、大変優秀な研究家肌のまじめな青年です。28歳で大手メーカーから請われて就職をし、入社後すぐに開発部署のプロジェクトマネージャーに抜擢され、チームを統括する立場になりました。
 1年後、取りまとめ、折衝役の負荷や残業時間の長さから眠れなくなり、心療内科を受診したところ、「睡眠障害」と診断を受けます。半年間受診継続し服薬を続けながら、責任を果たそうと働き続けたものの、徐々に体調が悪化し、「自分は役に立たない」「居なくなりたい」など自己肯定感の消失が起き、意欲も低下し、とうとう主治医から「うつ病です。休職してゆっくり休みなさい」と言われました。
 Bさんは、プロジェクト半ばで職責を離れる自責の念と闘いましたが、どうにも布団から出られなくなり、止むを得ず会社に診断書の提出をして休職に入りました。そして1年間の療養後、復職を果たします。しかし、半年で再燃してしまい、自らの判断で早期退職を希望しました。

 初回面談にいらしたのは、退職後半年を経過した時期でした。「僕はうつ病です。服薬もしていますが、主治医からは就業の許可をいただいています」「もう再発はしたくないので、うつ病と開示して就職したいです」と話されました。学生から社会人になったばかりでのリーダー役は、知識はあっても本当に負担の大きいことだったと思います。当時感じた負荷を吐き出すように話を聞かせてくださいました。
 残業量や人との折衝、成果、一人暮らし、責任感、相談相手が居なかったことなど、要因は複合的だったことが分かりました。何が減り、何があったら違った結果になっていたかを話し合い、安全に働くためにはどうしたらよいかをテーマに探っていきました。
 4カ月間、継続面談を行い、健康状態のアセスメントを取りながら、Bさんにとって「安全に働く」範囲や職種の選別をして応募を行ったところ、数社を受けて採用となりました。「僕はうつ病を経験しています」と面談で開示したそうです。社長面接では「研究者の多いうちの職場はうつ病経験者が数名います。負荷をかけずに調整をしながら働いているので、無理をせず、あなたの技術を発揮してください」と言われたと嬉しそうに報告がありました。1年以上経過しますが、再燃したという報告はありません。

 現在、企業で就業中の社員の中にはうつ病経験者、服薬をしながら就業している人は多く見られます。企業側は安全配慮義務を遵守し、従業員の安全を図る義務があります。それと同時に、労働力の提供は従業員の義務ですし、健康を維持することは自己責任の範囲だと思います。
 雇い主側の要求する労働力を提供しつつ安全に働くには、工夫や調整、自己管理が必要でしょう。多くのうつ病のクライエントと面談をしてきましたが、自己理解を深めることで行動パターンを変えたり、再発を回避する努力や工夫、環境調整をしたりすることで安全に働くことが可能だと思います。自分を理解し、セルフコントロールができることが鍵なのではないでしょうか。