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Vol.2-3

『職業安定広報』2004年10/21号より

キャリアカウンセリングの様々な現場で活躍される方々によるリレーコラム。

100%クライエントの味方

大久保 功氏 画像

元日本キャリア・マスターズ
株式会社(日本DBMグループ)
研修事業部 主任研究員

大久保 功

 キャリアカウンセラーは、クライエントと親密な協同関係を維持しながら、クライエントの目標達成を援助します。その場合には、100%クライエントの味方をする、というのがキャリアカウンセラーの任務だと思います。
 キャリアカウンセラーは、様々なクライエントに接していますので、どういう場合にはどうしたらクライエントが幸福になるか、どういうふうにしたら失敗しやすいか、というパターンをたくさん知っています。それでクライエントのためを考えて、こういう場合にはこうした方が良いとクライエントに言いたくなります。これが性格、考え方、経験などが融合してできた、キャリアカウンセラーの価値観です。もしそれがクライエントの価値観と異なる場合には、100%クライエントの味方をするのが困難になります。

 山田勝俊さん(仮名)(30代後半、独身)は、オートバイとカメラのデザインをこれまでやってきて、今後も何かのデザイナーとして再就職したい、というご希望でした。ところが、次に何のデザインに取り組みたいかを、デザイナー友達と会ったり、デザイン関係の専門誌を読んだり、○○デザイン展というようなイベントを見学したりして探しましたが、腑に落ちるものがさっぱり見つかりません。オートバイからカメラ会社に移るときには、これからはカメラに取り組みたいと強く感じてスムーズに移転できたので、今度も会社を退職すれば、次にやりたいものがすぐ決まると信じていたのだそうです。
 そうこうしているうちに1年経ち、わたしは若干あせり始めました。いろいろと行動はしているので、山田さんも苦労しているんだと思う反面、「これこそデザインしたかった物だ」というものは、今後もずーっと見つからないかもしれないという不安が強くなりました。最近は生活費を親から借りているという話なので、とりあえずデザイナーとして就職できるところに就職して仕事をしながら、本当にやりたいことを探してはどうか、と考えました。そうすれば生活費も何とかなり、その仕事との関連や友達との付き合いの中から、本当にやりたいことが見つかるかもしれないからです。 しかし、山田さんは受け付けません。これこそ自分が取り組むデザインの対象だ、と心から納得するのでなければ、応募するのも嫌だと言うのです。
 私は非常に不愉快でした。本当に山田さんのために提案しているのに、彼は耳を貸そうとしません。この人はなぜもっと安全な道を選ばないのか、と。……しかし、いろいろ考えているうちに、やはり山田さんの人生に責任を持つのは山田さんであって私ではない、という根本的な考え方に思い至りました。私の仕事は、山田さんが自分流に目指す自己実現の援助である、と考えを改めました。これにより私の気持ちは、明るくなりました。

 その後山田さんは、デザインの対象を探すこととドイツ語の勉強のために、ドイツに半月ほど語学留学をすることにした、と電話してきました。この話には私は前から内心反対でしたが、私の価値観を抑えてにこやかに応答しました。「ついでに山田さんの好きなオペラも楽しんできてはどうですか、ウィーンは本場ですから」と。