メインコンテンツへスキップ

Vol.22-1

『職業研究』2015年秋季号より

キャリアカウンセリングの様々な現場で活躍される方々によるリレーコラム。

自分の人生を設計する

八巻甲一氏 画像

株式会社日本・精神技術研究所
心理臨床・教育事業部
キャリア開発カウンセラー

八巻甲一

 私は所属する組織内にある「キャリア・カウンセリングルーム」に来談される方たちの相談を担当しています。そうした来談者の中から、仕事の選択や働き方についての考え方を大きく変えることが求められる今の時代にあって、働くことを通して自分の人生を豊かで意味のあるものにしようと奮闘する人々を紹介したいと思います。

 このコラムでもしばしば言及されているように、働く世界の状況が今世紀に入って急激に変化しつつあります。前世紀のように一つの組織(企業)に所属していれば、安定して豊かな人生を送れる時代ではなくなりました。
 現代のキャリア・カウンセリングの理論的リーダーの一人であるサビカスは「学校を卒業して就職することや転職することは会社に依存するというより、個人に依存する度合いが大きくなっている」とその変化を説きます。そして「人生を個別に設計することが21世紀の一般的な特色になっている」と言い、自分の人生は自分が設計することがこれからの生き方になるだろうと述べています(※)。
 安定した組織に入り、職と収入を得ることは今でも多くの人にとって魅力的なことですが、そうした組織の中でどう働くのかは(それはそのままどう生きるのかと重なるのですが、だからこそ)個人に問われる時代になったということです。働く意味や自分らしい生き方の獲得には、自分で自分の人生を設計することが求められるというわけです。

 Aさん(仮名)はある公的機関に勤める40歳を目前にした女性です。
 このまま今の仕事を続けていくことにやりがいを持てず、いっそ転職したほうがいいだろうかと迷っての来談でした。話をうかがうと、Aさんが担当する業務は、利用者へのサービスの向上を考えると組織としてもっともっとできることがあるのに、周囲が彼女の考えになかなか賛同してくれないということでした。
 Aさんからみれば、上司も周囲の同僚も業務の改革には消極的で「ほどほどでいいやという雰囲気でやる気のある人がいない」と、その仕事への姿勢はまるでお役所仕事だと批判的でした。こうして不満を抱える日々が続いていて仕事への意欲も低下しがちということでした。
 Aさんは、自分の能力が人々の支援に直接繋がるような仕事をしたいのだと言い、大学では法律を学び、弁護士になるのが夢でした。残念ながら希望する職種に就くことは叶わなかったのですが、その気持ちは今も失くしていないと言います。むしろ、今の年齢になって、これからの職業人生を考えた時、このままで終わりたくない、自分を活かす仕事をしたいと以前より強く意識するようになったと言います。
 Aさんが今の組織で利用者へのサービスの向上を考えたら、できることはいろいろあると考えたのには、こうした以前からの「人の役に立ちたい」という思いがあったからでした。

 キャリア・カウンセリングでは「内的キャリア」を重要視することは言うまでもないことですが、Aさんにとって「人々の支援になるようなことをしたい」という思いは、働くうえでの理念であり、同時に「内的キャリア」として価値のあるものと言えるでしょう。ひとしきり周囲への不満を語った後、Aさんは自分がどういう思いからそうした期待を周囲にし、それが叶わなくて不満になっていたかに気づいたようでした。
 2回目の面接の時に、私はあらためて今の職場で何ができるか、Aさんの思いは本当に実現可能性がないのか、考えに同調する仲間はいないのかなどを問うてみました。
 「もし、今の組織で働き続けるなら周囲や上司に自分から変革を働きかけていかないといけないし、そうしないと自分がいられないという気がします。ただ、それもエネルギーの要ることで本当に頑張れるかなあと思う。使命感でやるのは苦しいです。でも大事なのは自分がそうしたいかどうかですよね」と言い、「これまでもそうでしたが、自分の進路の選択に悔いはないんです。だから今回も自分が決めないと、と思います」と言って面接を終えました。

 「迷ったらまた相談に来ます」と言って帰る姿からは、Aさんは自分らしい生き方をしていくための決意表明をしたのだと感じました。その選択がAさんにとって決して楽な道ではないことは明らかです。しかし、自分の「内的キャリア」や価値観がはっきりするなら、人はその方向に動き出すことも確かです。私はAさんの選択に感動しながらも、それが「自分の人生を設計する」ための確かな一歩になるに違いないと確信していました。

※引用文献
M・サビカス「サビカス キャリア・カウンセリング理論〈自己構成〉によるライフデザインアプローチ」( 監訳・日本キャリア開発研究センター)2015年、福村出版、P4~5