メインコンテンツへスキップ

Vol.23-4

『職業研究』2017年No.3より

キャリアカウンセリングの様々な現場で活躍される方々によるリレーコラム。

社会構成主義を理解・実践する (4)社会構成主義アプローチの課題と限界

渡部昌平氏 画像

秋田県立大学
総合科学教育研究センター
准教授

渡部昌平

 社会構成主義キャリア・カウンセリングには課題や限界はないのでしょうか。もちろんある、と考えています。(社会構成主義に限ったことではありませんが)社会構成主義でも「ない袖」は振れません。すなわちクライエントにとって知識が少ないこと、経験が少ないことは自信が持てません。知識・経験があっても、不安や自信のなさがあると消極的になり、前面(会話)には出てきません。「親に言われたから」「みんながやっていたから」という経験は、受身を自覚するクライエント本人にとっては語れるものではないのです。このため、就職支援の場面ではクライエントの語りを質問等で「引き出す」だけでなく、場合によっては相談の中で「宿題を出す」などの形で行動の支援を行っていく必要があります。  宿題の例として、Bさんの事例をご紹介します。「やる気が続かない」というBさん。聞いてみると「プレッシャーがあればやる」とのことでしたので「目標を紙に書いて貼る」「周囲に目標を宣言する」「机に貼ってある好きなミュージシャンの絵を見て頑張る」ことにしました。この1回の相談で完結してしまいました。

 失敗事例(?)もご紹介します。「インターンシップで食品企業に興味を持ち業界研究をしているが、本当にやりたいのか自信が持てなくなってきた」と相談に来た学生Cさんの事例です。

 未来の選択への悩み・不安だろうと判断し、現在の悩み・不安には全く触れずに、未来の選択につながる興味・関心を確認していきました。すると「食べることが好き」なので「食品関係に興味」を持ったとのこと。引き続き過去・現在の資源(食べることにまつわるエピソード)を探索したところ、「甘いものが好き(特にシュークリームが好きだそうです)」「最近はコーヒーも好き」「定年後は喫茶店をやりたい」など重要と思われる興味や関心が表出されました。クライエントの過去・現在の資源と未来の希望が明確になり、その中に過去・現在・未来が一貫した方向性(=喫茶店に関連した食品関係企業を目指す)を30分強で見出すことができました。

 相談者は「これは上手くいった」と思っていましたが、実はCさんは後日別の就職担当者を訪問していました。担当者は私が相談したことを知っていたため、Cさんの了解を取った上で再度相談者に回してくれました。Cさんは「食品以外にも『人間関係がいい会社』に魅力を感じ、迷っている」とのこと。改めて食品以外も含めた現在・過去の資源を探索し、「食べることが好き」「料理を作るのも好き」「学園祭では装飾係を頑張った」あるいは「中高の部活や大学生活での人間関係の努力」などの資源が出てきたため、「食品関係を含めてつくることが好き」「人と仲良くするのが好き」「頑張り・探求が好き」と整理し、就活を継続しました。その後、Cさんは履歴書やエントリーシートの書き方の相談を含め10回程度来談し、食品会社から「人間関係がいい会社」「研究職にも興味」など方向性がフラフラ揺れつつも、結局、食品製造も行う小売業者に就職を決定しました。

 本事例ではクライエントの現在の「不安傾向」をより意識して支持的に相談をする、あるいは価値観の明確化のために宿題を出す等の対応をしてもよかったのかもしれないと感じています。現在はクライエントの納得度・満足度をスケーリングなどで確認してから相談を終結するようにしているのですが、この当時は自分自身の感覚でクライエントの内面を想像して終結を判断していたため、このような結果になったと思っています。

 社会構成主義キャリア・カウンセリングは構造的な質問等を多用するため、効果的・効率的な技法ではありますが、単に相談の早期終結を目指すためのものではなく、クライエントの内なる人生観・仕事観や資源を十分に掘り起こすことに注力すべきであることを示した(相談者にとっては)反省事例であったように思っています。クライエントの声(あるいは不安の意味)をもっとしっかり引き出すべきだったと反省しています。悩み多きクライエントの全てが、ごく数回のカウンセリングで問題解決できる訳ではないのです。  

※参考文献
・渡部昌平(2016)『はじめてのナラティブ/社会構成主義キャリア・カウンセリング』川島書店 ・渡部昌平編(2017)『実践家のためのナラティブ/社会構成主義キャリア・カウンセリング』福村出版 ほか