2021.11.20
若者のこころ考現学 (第1回)
心の破綻と人生の破綻
臨床心理士/公認心理師金屋光彦
1母親の悲痛な疑問
「素直でかわいい、気の小さい子でした」
「小学校入学時、テレビゲームを買ってあげました。当時は1日2時間、夢中でした」
「中学に入ると、ゲームの時間が守れなくなりました」
「自分が産んだ子が9人を殺害した、信じられません」
そして、裁判の最後で母親は、こう訴えたという。
「なぜこんなことができるのか? 育て方が悪かったのか? 私も知りたいです」
2017年の夏、座間市で発生した連続殺人事件。2カ月の間に性欲と金銭欲を充たすため、9人の若い命を奪った白石隆浩(当時26歳)は、犯行前父親にこう吐露していた。
「生きていても意味がない」
この言葉は、自己肯定感の著しい低さを示すものだが、白石死刑囚が、この言葉を口にしたのは初めてではない。
高校時代、彼は家出を3回繰り返し、「生きていてもしょうがない」と親に嘆いた。当時「母親が優秀な妹に目をかけ、自分には期待していない」と同級生に漏らしてもいた。成績優秀で有名私立大学へ進学した妹。兄の白石は県立高校を卒業後、地元のスーパーに就職し、その後も職を転々とする。母親は、大学進学のため上京する妹と一緒に家を出た。
2 衝撃の子どもSOSと子どもたちの現状
「生きててもしょうがない」「僕なんか生きる価値がない」
白石と同じ嘆きを口にする小学生が目立ってきたのは、2009年頃。子どもたちの電話相談を行うNPO法人さいたまチャイルドラインが、「衝撃の子どもSOS」として当時の新聞紙上で報告した。同法人の事務局長は「自分に自信が持てない子どもが増えている。周りの大人がゆっくり話を聞いてあげるゆとりがないからでは」と分析していた。
今、小中高生の自殺が過去最多を記録中だ。2020年は499人を数え、前年の339人から一挙に140人(41%)も増えた。全体の自殺者数は約3万人時代が続いた後2012年から減り始め、2019年になって20,169人まで減少した。
だが、小中高生の自殺者数は、2011年の353人から高止まりのままだ。2020年の急増はコロナ禍の影響だが、以前から子どもたちの生きることへの希薄さは、明白だった。
小中高10代の思春期は、いらだちと不安の季節である。私も10代の頃は苦悩と傷心の日々で、家出もした。あんな若者が、よく今まで生き延びてきたなとも思う。
3 自己肯定感と脆弱さの背景
「私は私でいい、生きる価値がある」等の自己評価をさす自己肯定感は、生きる原動力、心のエンジンである。車はエンジンなしでは動かないように、自己肯定感がないと人生は前に進まない。大型か小型か? 燃料はたっぷりかどうかで、どこまで行けるかが決まる。人生山あり谷あり、険しい悪路に出会った時、「どうせぼくなんか」といった弱い心のエンジンでは走り切るのは難しい。この人生の困難な局面に遭遇した時ほど、強くしなやかな自己肯定感がいるのだ。
この自己肯定感の低空飛行が続いているのが、日本の子どもたちである。自己肯定感の芯は、3歳頃までの養育者との安定した情緒的交流で培われる。抱っこやあやしがその中心で、心の安心感につながる。試練に立ち向う意欲も生まれ、社会の土台ともいえる。三つ子の魂百まで、の諺もあるくらいだ。
しかし、スキンシップに変わり、子守りはテレビやビデオ、スマホになりつつある。子どもが泣き叫ぶ時に、これらの機器の動画を見せる。しかしそれは、気をそらして泣き止ませる算段にすぎず、本当の欲求充足にはならないだろう。このパターンが繰り返されると、無力感が高まり、見捨てられ感も生じる。日本の子どもたちの自己肯定感の脆弱さに、これが相当影響しているのではないだろうか。
4 彼に必要だった関わりは何か?
白石はまたゲーム障害だった。今このゲーム障害の若者が急増しているが、最近の研究では、開始年齢が低いほど重症化することがわかっている。白石の開始は6歳である。脳の神経回路がほぼ組み上がるのが10歳頃とされる。これ以前にゲームが習慣になると、それが神経回路として組み込まれ、やめられなくなるという。また欲望と感情を抑制する前頭前野の脳機能が著しく低下するのも、ゲーム障害の特徴だ。
さらに、白石は犯行年の2月、職業安定法違反で逮捕され有罪判決を受けた。無職だった彼は、アイデンティティ拡散の状態にも陥り、この時点で自暴自棄、欲望の暴走による破綻のリスクは、著しく高まっていたと考えられる。
保釈金を父親に払ってもらい、実家に戻った彼は、一日中ゲームとネットに浸る生活に逃避する。この時「働け!」という厳しい父親の叱責が、彼へのリアルな関わりだった。
人生のどん底で心の破綻の危機に喘ぐ彼に、本当に必要だった関わりは、ゲーム障害の治療への導きと、損なわれた自己肯定感を甦らせる温かい愛の手だったのではないだろうか。そうならば、3人の女子高生を含む9人の尊い命も、きっと失われずにいたであろう。