2022.05.10
若者のこころ考現学 (第2回)
SDGsなヒューマンリレイション
~コロナ禍での居場所を考える~
臨床心理士/公認心理師金屋光彦
1私たちの居場所とは?
「一人でいても、寂しくないところ」、「他人といても、安心していられるところ」、そして「集団や組織にいても、自分自身でいられるところ」。
これらが真の居場所である。コロナ禍で人の温もりという心の栄養が欠乏する生活を強いられる中、生きる上で欠かせない居場所を、私たちはどれだけ確保できているだろうか?
「一人だとやたらと不安になる」、「家族や級友といても緊張する。皆自分のことで精一杯で、孤独を感じる」……。勤務する高校や新卒応援ハローワーク等で、そういった訴えが日増しに届いてくる。
この居場所の危うさを示す証の一つが、若年層の自殺増加である。2020年度19歳以下の子どもの自殺は777人で、前年比18%増、20代でも2521人で、19%増となった。小中高に限ると507人で、40%以上も増加し、特に女子高生の急増が目立っている(厚生労働省)。
自殺の背景には、「誰もわかってくれない。助けてくれない」といった孤立感がある。若年層の孤立感は想像以上に根は深く、それは居場所の喪失と表裏一体である。
2 他人を巻き込んだ間接的な自殺の多発
1月に都内の高校で「希死念慮の心理と論理」のテーマで講演した。久しぶりに大勢の人たちと同じ空間を共有し合い、重いテーマを共に考えた。それはコロナで渇いた心が、潤ったひとときでもあった。
この希死念慮を行動化する事件が続発している。昨年10月に福岡の男性(24歳)が、東京の京王線車内で複数の乗客に切りつけ放火し、17人が怪我を負う。無職の彼は、「人を殺して自分も死にたかった」と供述した。また、12月には大阪のクリニック放火事件で26人が犠牲になり、自殺願望の犯人も死亡した。
さらに今年1月、東京大学で、大学入学共通テストで集まっていた受験生や関係者を切りつける事件が起こった。犯人は東大医学部を目指す高校2年生で、「自殺する前に人を殺して、罪悪感を背負って切腹しようと思った」と供述した。
偏差値73の全国屈指の名古屋の有名高校に通う17歳は、成績優秀者が集う「A群理系」クラスにいた。ところが、最近は100位以下に落ち、「東大医学部は無理」と三者面談で宣告される。平凡な成績は「ただの人」に墜ちることを意味する。中学校から神童と言われ、生活のすべてが勉強だった彼にとって、この定位置の喪失は死に値するほどのショックだっただろう。
将来の居場所になるはずだった東大で、その絶望の思いを凶行という形で表現した。それはまた、「現実が死ぬほど苦しい、助けてほしい」というSOSの叫びだったと言える。
3 自殺と他殺は表裏一体
かつて、精神分析の創始者フロイトは、「自殺は攻撃性が反転して自己に向けられた結果であり、自らを殺すことで憎しみと愛を抱く両親等の他者イメージを殺すことを意味する」と分析した。これを示唆する事件が1968年にもあった。東京や函館で、警備員や運転手等4人が銃殺された連続殺人事件である。犯人は15歳で東京に集団就職し、犯行当時19歳の青年だった永山則夫。獄中で書いた『無知の涙』がベストセラーとなり、当時貧困が犯罪を生んだと報道された。
最初に就職した渋谷の店は約5カ月で退職、以後20カ所近くの職場を転々とする。犯行を犯すまでの3年半、永山青年にとって、東京のどこにも居場所は見つからなかった。
逮捕後、彼は「おふくろは俺を3回捨てた」と母親に言い捨てたという。8人兄弟の7番目、大人しく無口な少年だった彼の生育環境をみると、博打に狂う父親、それを憎む母親からのネグレクト、さらに兄からの激しい暴力にまみれていた。
家庭にも職場にも、故郷にも都会にも居場所がなかった彼は、何度も自殺を試みる。類を見ない優れた精神鑑定を行った石川義博医師の記録によると、自殺を考えたり自殺未遂したりした回数は19回に上ったという。
4 偏差値以外の多様な価値を示す物差しが必要
大方の生徒たちは、平均レベルの成績に集中する。日本の教室は、この「ただの人」が多数を占める。「塾にも行っているのに、たいしたことないね」とみられ、自己の価値を感じるのが難しい。前出の高校2年生が東大医学部を志望した理由は、自分の個性が生かせるからとか、心身の弱った人の力になりたい等ではなく、そこが偏差値の頂点だからだという。
日本の子どもたちの自己肯定感が先進諸国間で常に最低なのは、この偏差値以外の自己実現を評価する、多様な物差しを見失っているからである。
5 持続可能な人間関係こそ望まれる
今巷では、持続可能な環境づくりにも余念がない。が、その持続可能なものとして今最も必要なものは、誰もが居場所と感じられる持続可能なヒューマンリレイションではないだろうか? いつでもどこでも安心して自分自身で居られ、一人一人が大切にし合える関係こそ、家庭、学校、職場等のあらゆるところで、コロナ疲労に喘ぐ今こそ強く求められている。