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2023.01.10

若者のこころ考現学 (第3回)

寄る辺なき世代を憂う
~アイデンティティ拡散に追い込まれた末の暴発事件~

臨床心理士/公認心理師金屋光彦

若者が社会とつながる道程

 若者が望む一番の生活スタイルは、ワークライフバランスである。

 卒業前の大学生に尋ねると、ほぼ9割がそう答え、各種調査もそれを示す。また、働くことで達成したいことの1位は安定した生活(64.5%)、2位は自己の成長(60.6%)である(2022年入社の新入社員意識調査3,659人、ラーニングエージェンシー社)。

 この安定した生活、すなわち自活可能な収入を得て、若者は初めて社会で生きる自信を得る。私も口座に振り込まれた一定金額を見て、社会人に成れた実感を覚えたものである。この自活可能な収入を得るには、職業アイデンティティの確立が必須となる。

 職場で仲間として受け入れられ、仕事で役に立つことができて初めて、アイデンティティは確かなものになる。人はまず仕事で社会と繋がるのだ。だが、今の社会は、若者がそうなれる構造になっているだろうか?

職業アイデンティティ確立期間の長期化

 現在の職業は、高度に専門化している。それは知識と技能の習得が長期にわたることを意味する。単純労働はロボットに置き換えられ、データ蓄積による問題解決型の頭脳労働は、人工知能が担う。クリエイティビティと、ホスピタリティと、マネジメントの3領域が、未来で人が担う仕事といわれる。

 この長期化する職業アイデンティティの獲得プロセスが用意されず、職場定着がままならない社会構造が、バブル崩壊後ずっと顕著に続いてきた。その結果生まれたのが失われた世代、ロストジェネレーションの若者群である。

失われた世代~ロスジェネ世代が引き起こした事件

 2022年7月、安倍元首相が無職のYに殺害された。41歳のYは、「旧統一教会に家庭を壊され恨みがあった。この教会と関係が深い元首相を襲えば、教会に批判が集まると思った」と供述した。

 この旧統一教会は1980年代から既に社会問題化していた。正体を隠して接近し、人間関係を作った上で洗脳し、高価な霊供養の商品を売りつけ多額の献金も強要した。Yが11歳の時に入信した母親は、総計1億円の献金を行い、家庭は破産し、食べるものも事欠く日々になったという。

 1980年生まれのYは、失われた世代である。秋葉原無差別殺傷事件の加藤死刑囚(1982年生)や京都アニメ事件の青葉容疑者(1978年生)もロスジェネ世代である。彼らは、バブル崩壊後、氷河期と言われるほどの就職難や雇用の不安定に襲われてきた。今や労働者の4割近くが非正規労働者である。この非正規労働者は、賃金が低く、何より能力開発の機会が提供されない。若者の困窮はこの社会構造が原因なのに、自己責任という名の下で、長い間放置されてきた。

 いつ雇い止めになるのか不安。同じ仕事なのに正社員より賃金が低い。成長したいのに職業発達ができない。正社員になれても、今度は長時間労働を強いられ、ワークライフバランスどころか、心と身体が危い。日本の職場の強みだった連帯によるOJTは、今や機能不全の状態だ。

 労働者は経費削減の対象と化し、派遣の現場では、「あんた」と名前さえ呼ばれない。「労働は商品にあらず」との国際労働機関の宣言は今や窒息状態。職場に安心感と信頼感が失われ、うつ病等の精神疾患による休業が、日常化している。

Yの人生とアイデンティティ

 有名進学高校出身のYは、消防士になるため親類の援助で公務員予備校へ入学。筆記試験は合格したが、実技試験で落ちる。そこで、親族のすすめで任期制の海上自衛隊に入隊した。が、3年後に自殺未遂を起こし除隊する。

 その後は、派遣等で働きながら、宅地建物取引士やFPの資格を取得した。職業定着による生活安定に向けて努力をしていたのだ。母は宗教活動で家におらず、妹と彼が残されたが、その妹とも4年間会わないまま、アパートで一人銃を密造していたのだった。

 逮捕後Yは、「金がなくなり、今月中には死ぬことになると思った」と供述した。職場で人と繋がらず、家族にも頼れず、Yは孤立感を深めていただろう。断片的な職業体験しか持てず、未来は先細るばかりで絶望感を深めていったのは想像に難しくない。ブログに「銃が喉から手が出るほど欲しいのだ。なぜだろうな?」とYは書いた。

 無力感も深かっただろうYは、社会の中枢の象徴的な人だった元首相に銃口を向けた。それは、働き盛りの年齢になっても一向に職業自立が果たせず、追い詰められた末の絶叫でもあった。Yがこの果てに得た確かなアイデンティティは、元首相殺害容疑者という誠にやるせないものとなった。

 放置せず、彼に手を差し伸べ、寄り添う社会構造があったならば、この悲劇は決して起こらなかったのではないだろうか…!