2025.01.10
若者のこころ考現学 (第6回)
ときめき職業アイデンティティの高まり
臨床心理士/公認心理師金屋光彦
1人の正体
その人は、いったい何者なのか?
それを知るには、その人が日々行う行為に解く鍵がある。その人が示す習慣的行為の中に、その人の本当の姿が潜んでいる。例えば——、
船に乗って海へ出て、何日もかけて魚を捕ってくる、その人の正体は漁師である。
一日の大部分をピアノに向かい曲を弾いている、その人はピアニストという演奏家である。
また、日々車を街に走らせ、道行く人を乗せて、目的地まで安全に運んでお金を得る。その人はタクシードライバーであり、それがその人の職業アイデンティティである。
鉄腕アトムを生んだ漫画家手塚治虫氏。彼は小学4年生頃から漫画を描き始め、17歳頃にはその枚数は3千枚にもなっていたという。彼が漫画を描いていた時は、いつもときめいていたに違いない。
このティーンの時代に自ら進んで続けた行為の中に、未来の職業につながる芽がある。高校生や大学生に、日々多くの時間を費やす習慣的行いがあれば、将来彼が何者になるかが透けて見えてくる。社会人であれば、一日の大方を占める行為を見れば、その人が何者であるかが明らかになるだろう。
2 キャリアの岐路、選択と決断を迫られた時
鉄腕アトムはじめ、リボンの騎士、ジャングル大帝レオ、火の鳥、ブラックジャックなど、数々の傑作漫画を描いた手塚治虫氏は、太平洋戦争直後に就職時期を迎えた人である。
当時、大阪大学医学部に通い、高収入で社会的評価の高いドクターにも魅力を感じ、漫画家のどちらになるか最後まで決めかねていた。その時、母親に「本当に好きなのは、どちらなの?」と聞かれて、はっきりと漫画家になる決心がついたという。
私自身も、職業を選ぶか組織をとるか、その選択に迫られた時があった。
勤労青少年対象の相談センターで、相談係長として勤務していたある日のことだった。突然人事部長に呼ばれ、別の部門の課長代理へ異動(昇進)との内示を受けた。
勤労青少年職業カウンセラーとして相談部門に採用され、15年間専門職としてキャリアを積んでいたが、管理職になることで他部門への異動を命じられたのだ。それまで隣の図書館係長も兼務し、相談部門での仕事が続けられるよう配慮してくれていた。が、もう限界というわけである。
それは、自分は何者で在りたいか、職業アイデンティティを問われた局面でもあった。
無収入になる不安はさすがに大きかったが、なぜかわくわく感も一方で有り、すっぱり退職させてもらった。周囲は驚き、「辞めて何をされるのですか?」と尋ねられた。「人間やります」と答えて煙に巻き、感謝を述べつつ一目散に去った。
9か月に及んだ失業期間は、心理支援の仕事には、貴重な体験にもなった。また、空っぽになった自分の人生玉手箱には、その後、色々な仕事が宝物のように舞い込み、エキサイティングなキャリアを辿ることになっていくのである。
3 キャリア形成の個人主導化の広がり
これまで就職というと、会社に入るという就社の意味合いが強く、一斉一括採用の日本では入社式もある。欧米には入社式などなく、採用も通年採用が主流である。
戦後長く望ましいとされたキャリアは、有名大学から安定大企業へ入社し、終身雇用・年功序列を骨格とする会社主導のキャリア制度に乗って定年まで働くことだった。
だが、現在は日本的経営による雇用維持は難しくなり、組織主導から個人主導へとパラダイムシフトした。会社まかせではなく、個人自らキャリデザインを描き、それに沿ってキャリアを積む生き方が求められているのだ。
この個人主導の重要さを、20年前からキャリアコンサルタント養成講座等で伝え、大学の授業でも展開してきたが、このことがようやく広く認知されてきたのを感じる。
2024年卒の新入社員11,754名から有効回答を得たヒューマネージ社の調査によると、「企業選びで重視したポイント」は、例年「事業内容」が1位だったが、2024年卒になって初めて「仕事内容」がトップになった。
この職に就く意識の高まりは、Society5.0時代にふさわしい雇用として、2020年日経連がジョブ型雇用を提唱し、その後導入する企業が年々増えていることも、一因と考えられる。
4 順調な職業発達を !
リクルートマネジメントソリューションズ社が行った最新の新入社員意識調査を見ると、「仕事上で重視したいこと」のトップは「成長」、2位は「貢献」である(ちなみに「競争」は、最低の14位)。彼らは、今の社会の現状と自分たちの置かれた立場を、よく分かっているのだ。
通常、仕事の熟達レベルに達するには、5千時間から1万時間が必要とされる。日々職務遂行に必要な知識技能を習得し、お役に立てた実感も増えていけば、周囲から認められ、職場の居心地は飛躍的に良くなっていくだろう。
私たちの生活は、数多くの職業で成り立ち支えられている。
彼らが自分の特性を生かせる職種に就くことができ、どの企業でも通用するグローバルな実力を、ときめきながら身につけてゆく。そうして一人一人が職業アイデンティティの確かな社会人へと育っていくことを、願ってやまない。