2025.08.10
若者のこころ考現学 (第7回)
大事なご縁と互助スピリット
臨床心理士/公認心理師金屋光彦
1チャンスはどこからやってくるのか
大学生と若いサラリーマンが読者層だった月刊誌BTの編集部で、私が記者として働いていた時のことだった。
「チャンスはいつも人を通してやってくるんですよ。だから、自分とご縁のあった人を大事にしている人が、チャンスを得られるんです」
テレビの人気番組「笑点」の四代目司会者だった三遊亭円楽さんは、取材インタビューでそう語ってくれた。“ご縁のあった人を大事にすること”——この点を何度も繰り返し強調されていたのが、今も印象に残っている。
2 生きることと雇用関係
「袖すり合うも他生の縁」といわれるご縁の中で、重要なものの一つに、雇用関係がある。
生きるということは、今も昔もそう簡単なことではない。生きるためには、まず衣食住の確保が必要だ。そのため、自給自足でない現代人は、職を得て生産活動に参加し、働いて得た賃金でそれを行う。生産と消費の活動がバランス良くできて初めて、私たちは生きていけるのである。
いわば、雇用関係とは命綱ともいえる大切なもので、簡単に切ったりはったりするべきものではない。それが本来といえる。しかし、この命綱が、簡単に断ち切ってしまえるのが、今の日本である。
3 日本とドイツとの違い
日本が誇る世界的企業ソニー、これまで8万人以上が整理解雇されたという。21世紀に入る頃から、成果主義が強調され、リストラや雇い止めが日常化し、派遣やパート、契約社員など非正規労働者も急増した。
この懸命に働いてきた人や未来を担う若人が、粗末に扱われていく状況を見て、勤務校のT校長先生が「こんな社会にして、 本当にいいのだろうか!」と唸り憤慨されていたことを、今もありありと思い出す。当時、人気政治家K氏の「構造改革なくして成長なし」という規制緩和を示唆するスローガンが全国に響き、多くの国民がそれに乗せられていた。
しかし、日本経済は回復せず、2023年にはドイツにも抜かれ、国内総生産は世界第4位に落ちた。ドイツ事情に詳しい暉峻淑子埼玉大学名誉教授は、その著書の中でこう語る。
「日本では国際的な経済競争に勝つことは、労働者を解雇すること、という結果になっているが、ドイツでは、経済競争に勝つことは、労働者の質を高めること、と考えられている」
ドイツでは社員教育を施して大切に扱い、日本では、経営赤字は経営者の責任であるはずが、その後始末を人件費削減=社員解雇という誠に一方的な愚策で行ってきたのである。
4 日本の雇用経営精神
ソニーの創業者盛田昭夫氏は、生前米国での講演でこう述べている。
「我々日本の経営者は、いったん人を雇えば、 たとえ利益が減っても経営者の責任において雇い続けようとする。経営者も社員も一体となって、不景気を乗り切ろうと努力する。これが日本の精神なのだ」
オイルショックの際、米国ソニーのサンディエゴ工場が、従業員削減を提案してきた時、盛田氏はこうも言ったという。
「利益が下がってもいいから、全員をキープしろ。その代わり、不景気の間を利用して、社員教育を行う」。約250人いた当時の従業員は感激し、能力開発に熱心に励みモラールも向上し、その後は中核的な存在として多大な貢献をしたという。この連帯と協働は、日本の優れた強みだった。
5 望まれる職場の文化風土
雇用関係の脆弱化により、職場に安心と信頼が薄れ、自由闊達さが消えて疑心暗鬼さえ漂う雰囲気へと変貌した。その結果生じたのは、ハラスメントの蔓延と精神疾患の増加である。
だが、希望はある。若手社員が見ている方向には、光がある。㈱リクルートマネジメントソリューションズが毎年行う「新入社員意識調査」。『どのような特徴を持つ職場で働きたいか』の回答で最多だったのが『互いに助け合う職場』で、ここ3年連続でダントツの1位。若手社員らは、連帯協働の互助スピリットを強く志向しているのだ。
だが、実態は、どうだろうか? 「APAC就業実態・成長意識調査」(パーソル総合研究所2019)によれば、『職場の人間関係』と『直属上司』の満足度は、14カ国中、日本は両方とも最下位。ちなみに『直属上司』の満足度1位はインドで91.7%、日本は50.4%だった。
「部下が困ったときに助けるのが上司、それが本来のあり方だと思う」
中野サンプラザ相談センターの相談主任時代に、私の上司にあたるN女史が、そう教えてくれたことがあった。
現在の管理職はプレイングマネージャー化し、自分の仕事も抱えてストレスフルである。部下に共感し、育てていくには、心の余裕と根気と忍耐も必要だ。
脆弱な雇用関係に加え、成果主義に基づくタイトな人事考課もあって、職場の空気は今もピリピリしている。それを働きやすい自由闊達な良いものに変えるには、やはり上司のあり方と醸し出す雰囲気がカギとなる。
出会ったご縁を大切にし、助け合いながら連帯し協働する。働く幸せもそこにある。私たちは、今一度このことを思い知る必要がある時代を、待ったなしで迎えている。