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2026.01.15New

若者のこころ考現学 (第8回)

自分らしさを貫く素晴らしさ
~初期キャリアでの職業適応を果たした物語~

臨床心理士/公認心理師金屋光彦

職業を持つ生物と3つの意味

 地球上には870万種もの生物がいるといいます。その中で職業を持つ生物は人間だけです。この人間だけが持つ職業には、人の命をつなぐという重大な使命があります。働いて得たお金で、生きるために不可欠な衣食住を確保するのです。

 でも、働くことの意味は、「生計の維持」だけではありません。職業には、「社会貢献」と「個性の発揮」という重要な側面もあるのです。

 かつて、米国の著名な職業心理学者D・Eスーパーが「職業は、個人の興味と能力と価値観を表現するものである」と語ったように、自分らしさを表現できるのが、職業です。「仕事が面白い」と語る人は、この自分らしさを示す個性の発揮を、十二分に実現している人といってよいでしょう。

自分らしさを貫いたスポーツ選手

 2025年米国野球のワールドシリーズで、山本由伸投手が3勝をあげ、MVPに輝きました。178㎝80キロと小柄な彼の投球フォームは、独特です。彼は18歳でオリックスへ入団した当初から、自分の体格と体質に合うフォームを開発してきました。

 しかし、自分で考え出したやり投げに似た投球フォームは、球団から猛反対されます。それまでの常識とされていた投球技術とは、全く異なっていたからです。

 「この中に、僕の味方は一人もいません」。入団2年目の春季キャンプを訪れた野球用具メーカーのSさんは、山本投手からそう打ち明けられます。

 山本選手は高校時代から、長いイニングを投げると肘に張りと痛みが生じる問題を、抱えていました。入団1年目の初登板でも5回を1失点と好投しますが、肘に張りが出て10日間は投げられない状態になります。

 『今の投げ方では、長いシーズンを乗り切るのも、長く選手生活を続けるのも難しい』

 そう痛感した彼は、肘に負担をかけない投法を、トレーナーのYさんと共に考え、1年目のオフシーズンから型破りなトレーニング方法で創っていくのです。

 しかし、球団は彼の新投法を認めず、“ケガをするリスクも大きい”とし、やめさせようと高校時代の恩師M監督にまで頼みこみます。M監督が、“その投げ方は、基本的にはありえないだろう”と直接問いただしたところ、

 「これでだめだったとしても、自分は後悔しません」、「これを、僕が正解にします」

 そうきっぱりと山本投手が返してきたので、以後はM監督も彼の背中を押していきます。

 この恩師以外はほとんど味方がいない中で、全身の動きとしなりを合理的に連動させ、肘に疲労がこない今の独創的な投法を、編み出していくのです。

 そうして、2年目にはその独自の投げ方で、中継ぎとして1年間活躍し、球団に認められます。3年目からは、自ら先発に志願して、防御率一位のタイトルを獲得するまでになり、その後も毎年改良を重ね、進化していきます。その結果、3年続けて投手4冠を達成し、2024年からは大リーグのドジャースに入団、契約報酬が破格の高額だったことは、みなさんの記憶にも残っていることでしょう。

 そうして迎えた2025年のワールドシリーズで、常識では考えられない中0日で連投し勝利も得て、「彼は世界一の投手」(大谷翔平選手談)とのレベルまでに成ったのです。

自分らしく生きる秘訣

 人生に正解はなく、もしあるとすればその人独自の回答があり、人の数だけ正解があるといえるでしょう。何が起こるか分からないVUCA時代の今、先行き不透明な中で自ら決断し生き抜く必要があります。

 選択の判断基準は、自分の内から聞こえてくる声です。キャリア心理学者のジェラット博士も「直感を知性に」と、先行き視界不良の社会で決断する術をそう指南します。

 山本投手も、「反対する周囲からは、納得できる話はなかった」と語ります。自分を信じ、自らの内面から聞こえてくる声に従って進む、それが自分らしく生きる秘訣です。

 同調圧力の強い今の社会において、規範やその場の空気は強力です。それに従えば、波風立たない代わりに、生きる手応えや面白さは得られないでしょう。また、自分を押し殺す生き方は、心の健康にも良くありません。

 もし、山本選手が、球団に従い常識に沿った投げ方を続けていたら、今のレベルアップした輝かしい彼を見ることは、永遠になかったことでしょう。

 「これを、僕が正解にします」

 自分らしさを貫いたことで、山本選手の職業適応は見事に果たされました。掲げたMVPトロフィーの輝きは、この言葉を現実に証明したことを、雄弁に物語っていたといえるでしょう。